撮影帰りの山道2
山道は街灯ひとつなく、闇がすべてを呑み込んでいた。車のヘッドライトだけが頼りで、光の輪の外は黒い壁のように広がる。あまりの暗さに、俺はフォグランプを点灯した。
走行中、視界の端に白い影が立っているのに気づいた。山裾に、ご年配の女性がじっとこちらを見ている。白い着物のような服が闇に浮かび上がり、異様に目立っていた。
「……こんな時間に?」
思わず声が漏れる。だが車はそのまま進む。
数分後、再び同じ姿が現れた。道の脇に立ち、こちらを見ている。距離が違うだけで、顔も衣装もまったく同じに見える。
胸の奥に冷たいものが広がり、ハンドルを握る手がじっとりと汗ばむ。
さらに進むと、また同じ女性が立っていた。間隔を置いて、定期的に現れる。まるで道を先回りして待っているかのように。
そのたびに視線が絡みつき、呼吸が浅くなる。耳の奥で自分の心臓の音がやけに大きく響く。
「気のせいだ、似た人がいるだけだ」
必死にそう思い込むが、言葉は空しく、背筋に冷たい汗が伝う。
やがて、女性の姿は道の脇だけでなく、斜面の上や木々の間にも見え始めた。白い衣が闇に浮かび、どこからともなくこちらを見下ろしている。
視界の端に現れるたび、胃の奥がきゅっと縮むような感覚が走る。
自然と速度が上がる。だがアクセルを踏む足が震え、ハンドルを握る手は硬直していた。
「……早く抜けないと」
そう呟いても、闇は尽きることなく続き、白い影は途切れず現れ続ける。
下りに差しかかる頃には、胸の圧迫感で呼吸が乱れ、視界の端に映る白い影が幻なのか現実なのか分からなくなっていた。
そして…、
急なカーブを抜けた瞬間、視界の先に街の灯りが広がった。遠くの住宅街の窓、コンビニの看板、道路脇の信号機。人工の光が闇を押し返す。
「……助かった」
胸の奥から安堵が溢れ、呼吸がようやく整う。
振り返ると、山の闇は背後に沈み、白い影はもう見えなかった。だが、ハンドルを握る手にはまだ汗が残り、心臓の鼓動はしばらく収まらなかった。




