表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/117

とある地方での怖い体験2

「ところで、いつ帰るんだ?」

隣の男が盃を傾けながら尋ねてきた。

「明日には隣県へ向かう予定です。観光しながら、山道を抜けて険道を通って帰ろうと思ってます」

俺がそう答えると、周囲の常連客が一斉にこちらへ顔を向けた。

「……おい、そのルートって、あの峠を通るんじゃないか?」

年配の男が低い声で言う。

「そうそう。雪深い山を抜ける細い道だろ?観光客はまず使わん」

別の客が頷く。

俺は少し驚いて盃を置いた。

「ええ、地図で見たら近道になるみたいで。景色も良さそうだと思ったんですが……」

「景色はいいさ。晴れてりゃな」

年配の男が苦笑する。

「だが、雪の夜にあの峠を通ると――妙なものを見るって話がある」

「妙なもの?」

俺が聞き返すと、別の客が身を乗り出してきた。

「峠の途中に古い石碑があるんだ。誰が建てたかも分からん。雪に埋もれて普段は見えんが、夜になるとそこに女が立ってるってな」

「女……ですか?」

「そう。着物姿で、雪にまみれてる。顔は白いんだが、目のあたりだけ妙に暗くてな……まるで穴が空いてるみたいに見えるんだ」

男の声は妙に静かで、居酒屋のざわめきの中でもはっきり耳に届いた。

「俺の知り合いもな、去年の冬にその道を通ったんだ。ライトに照らされた瞬間、女がこちらを見ていた。けどな――目が合ったはずなのに、瞳がなかったって言うんだ」

別の常連が盃を置き、真顔で語る。

「慌てて車を止めたら、もういなかったそうだ。足跡も残ってなかった。雪だけが、妙に濡れていたってな」

その話に耳を傾けていた別の客が、急に声を荒げた。

「おい、やめろ!そんな話を軽々しくするもんじゃない」

その場が一瞬、静まり返る。

「……どうしてです?」俺が恐る恐る尋ねる。

「峠の女の話はな、外から来た人間に語ると、必ず誰かが“見てしまう”んだ。だから地元じゃ、あまり口にしない」

注意した男は真剣な顔で盃を置いた。

「そうだ。俺たちも、あんたがその道を通るって言うから、つい口が滑っただけだ。普段なら絶対に話さない」

年配の男も頷く。

「まあ、信じるか信じないかは自由だ。ただ、雪の夜に峠を抜けるなら、石碑の辺りでは絶対に減速するなよ」

「減速……しない?」

「止まったら、見られる。目を合わせたら、帰れなくなるって噂だ」

年配の男が盃を空け、静かに言った。

「それに……」注意した男がさらに声を落とす。

「もし女がこちらに歩み寄ってきたら、絶対に振り返るな。振り返った瞬間、後ろにいるのは女じゃなくて――自分自身だって話もある」

居酒屋の温かい空気の中で、妙に冷たい沈黙が落ちる。

俺は盃を手にしたまま、雪の峠道を想像して背筋が凍るのを感じていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ