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温泉街の記憶 後日談
後日、撮影データを整理していると、ふと目が止まった。
あの夜、居酒屋で常連客たちと一緒に見ていた時には気付かなかった違和感に…。
黄昏時に撮影した古びた民家。
その硝子戸には「入居者募集」と書かれた札がかかっていた。
廃れた街で、誰も住んでいないはずの場所に…。
さらに目を凝らすと、札の横にうっすらと浮かぶものがあった。
それは「顔」。
赤い着物をまとった妙齢の女性の顔。
硝子越しにこちらを見据えるように、まるで値踏みするかのような強い眼光。
その視線は写真の中から突き抜け、今この瞬間の自分にまで届いているように感じられた。
背筋に冷たいものが走る。
あの夜、確かに「裾が揺れた気がした」と思った。だがそれは見間違えだと自分に言い聞かせたはずだ。
しかし今、写真の中に残されたこの眼差しは、見間違えでは済まされない。
静かな部屋に、ふと耳の奥で微かに響いた。
あの夜と同じ、若い女性の笑い声。
風もないのに、背後で誰かが囁いたように。
まるで「次の入居者」を待っているかのように。




