温泉街の記憶6
常連たちと肩を並べて飲んでいると、話題は自然と街の暮らしぶりへと移っていった。
「商店街もないし、駅も遠いからなぁ…この街も店閉めてしもうたとこ、多なったわ」
「昔はもっと人通りがあったんやけどな。今は夜になると静かすぎるくらいや」
「せやけど、こうして残ってる店はまだ頑張っとる。ここもそうやな」
そんな声に耳を傾けながら、鉄板で焼かれた肉料理の香ばしさと、生湯葉の繊細な甘みを味わう。力強さと柔らかさが交互に広がり、旅の疲れを優しくほどいていく。笑い声と街の現状を語る声が混じり合い、居酒屋の夜は穏やかで温かかった。
やがて食事を終え、お会計を済ませると、ママさんがレジ越しに声をかけてきた。
「暗いから、帰りはお気をつけて」
その一言は優しさに満ちていたが、どこか含みのある響きにも聞こえた。軽く会釈を返し、店を後にする。
駐車場へ向けて歩き出すと、通りの向かいにあるスナックはちょうど開店したところで、ドアの隙間から陽気な歌声が漏れ出していた。ネオンの光が通りを照らし、夜の街に賑わいを添えている。
だが、その賑わいとは裏腹に、道沿いの古びた民家は闇の中に沈み、昼間よりも輪郭が濃く、不気味に見えた。ふと気になり、すりガラスに目をやる。
その瞬間、端に赤い着物の裾のようなものがちらりと揺れた。ほんの一瞬のことだったが、確かにそこに色が差したように見えた。胸の奥に冷たいものが広がり、足を止めかける。
だが、すぐに「見間違えだろう」と自分に言い聞かせる。風のいたずらか、光の加減か、そう思うことで、心のざわめきを押し込めるしかなかった。視線を逸らし、歩を速めて駐車場へ向かう。
背後では、スナックから漏れる歌声と笑い声が夜の街を彩っている。だがその賑わいに紛れるように、ふと耳の奥で微かに響いた。若い女性の笑い声… かすかな囁きのように、風に混じって届いた気がした。
振り返ることはしなかった。けれど、その笑い声の余韻は、夜道を歩く足取りにまとわりつくように残り続けていた。




