温泉街の記憶4
木製の表紙のメニューを手に取った。長年の客の指先が触れてきたせいか、角は丸く艶を帯びている。ページをめくると、地元ならではの料理が並び、文字の隙間から湯気や香ばしい匂いが立ち上るような錯覚さえ覚える。
目に留まったのは、鉄板で焼き上げる肉料理と、生湯葉。
「すみません、肉料理と生湯葉をお願いします。それとご飯も」
注文を告げると、店員が短く「はいよ」と返し、奥へ声を通す。
肉料理は、この街の定番。鉄板の上でじゅうじゅうと音を立て、脂の旨味と甘辛いタレの香りが立ち上る光景を思い浮かべるだけで、腹の奥がさらに鳴る。
一方、生湯葉は繊細な一品。豆乳から丁寧にすくい上げられた薄い層が幾重にも重なり、口に含めば大豆の甘みが静かに広がる。力強い肉と柔らかな湯葉、その対比が今夜の食卓を豊かにしてくれるだろう。
注文を終えると、料理が届くまでの間にカメラを取り出した。肩から下ろした黒いボディをカウンターの端に置き、タブレットを取り出してケーブルを繋ぐ。旅の記録を整理するのは、こうした待ち時間にちょうどいい。
画面には、夕闇に染まる石畳、神社から見下ろした街並み、イルミネーションの光が次々と映し出される。撮ったばかりの写真が鮮やかに並び、旅の余韻をもう一度味わうように指先で画面をなぞった。
その様子を横目で見ていた常連客が、コップを片手にふらりと近づいてきた。頬は赤く、声は少し大きめ。酔客特有の気軽さが漂っている。
「兄ちゃん、どんな写真撮ってんのか、ちょっと見せてくれないか?」
カウンターに肘をつきながら覗き込むような仕草。強制ではなく、ただの好奇心と酒の勢いからくる言葉だった。周囲の常連たちも「お、写真か」と耳を傾け、場の空気が少しだけこちらへ流れてくる。
「いいですよ」
そう答えてタブレットを少し傾けると、画面に映る街の灯りや神社の写真が常連客の目に入った。彼は「おお、なかなかいいじゃないか」と笑みを浮かべ、コップを軽く掲げる。その仕草に、周囲の常連たちも興味深そうに身を乗り出し、場の熱気がさらにこちらへ広がっていった。




