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温泉街の記憶3

街を一回りし、神社の境内から街全体を見下ろす写真を撮ったり、イルミネーションの光を切り取ったりしているうちに、腹が減ったことに気づいた。冷えた夜気の中で、胃の奥が静かに鳴る。

目に付いたのは角地にある居酒屋。暖簾は少し色褪せているが、灯りは温かく、外からでも賑わいが伝わってくる。引き戸を開けると、油と酒の匂いが混じった空気がふわりと漂った。

中には、少し無愛想な感じの店員と、カウンター奥で切り盛りするママさん。そして数名の常連客が声を張り上げて盛り上がっていた。笑い声とグラスの音が重なり、外の静けさとは別世界のようだ。

「一人でもいいですか?」と声をかけると、ママさんがこちらを見て、にこりと笑った。

「ええ、どうぞ。カウンターが空いてますから、こちらへどうぞね」

促されるまま腰を下ろす。肩から提げていたカメラをそっと外し、カウンターの端に置いた。木目の艶やかな天板に、黒いボディがひっそりと馴染む。旅の記録を刻んできた道具を置くと、ようやく一息つけたような気がした。

すぐに小皿に盛られたお通しが出される。煮物の湯気が立ち上り、出汁の香りが鼻をくすぐる。温かさが胃の奥に届く前から、心をほぐしてくれるようだった。

「飲み物はどうされます?」と店員が声をかける。

「烏龍茶をお願いします」

そう答えると、氷の入ったグラスがすぐに運ばれてきた。冷たい水滴が表面を伝い、夜の空気に溶けていく。

その時、隣の常連客がちらりとこちらを見て、口元を緩めた。

「おいおい、兄ちゃん、酒飲まないのか?」

軽い調子のいじりに、周囲の常連たちが笑い声を重ねる。悪意のない、場を和ませるための一言だ。

「今日は写真撮り歩いてたんで、ちょっと控えます」

そう返すと、常連客は「なるほどな」と頷き、再び仲間との談笑へ戻っていった。

カウンターの木目に置かれたカメラと、目の前の烏龍茶。旅の余韻と居酒屋の熱気が交錯し、妙に落ち着いた夜が始まっていた。

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