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温泉街の記憶1

昼下がり、山間の温泉街へと足を踏み入れる。

澄んだ空気の中に、ほんのりと湯の香りが漂う。川沿いには古い旅館が並び、木造の軒先からは湯煙が静かに立ち上っている。石畳を歩くたびに、足元から歴史の気配が立ち上るようだった。

通りには土産物屋がぽつりぽつりと並び、硝子細工や木彫りの置物が軒先に並んでいる。浴衣姿の観光客が団扇を片手に歩き、川のせせらぎが遠くから響いてくる。昼の街は静かで、どこか懐かしい匂いが漂っていた。

やがて、ガラスサッシの引き戸を構えた地元の酒屋が目に入った。引き戸を開けると「カラン」と小さな鈴の音が響き、冷気と共に瓶が並ぶ棚の匂いが漂ってくる。木の床は少し軋み、古い冷蔵ケースの中には酒と並んで、懐かしい瓶コーラが整然と並んでいた。

「まぁ、観光で来てくださったのかい?」

奥から顔を出したのは、腰の曲がったおばあちゃんだった。落ち着いた色合いのカーディガンに花柄のブラウスを合わせ、首元には小さなスカーフを巻いている。年齢を重ねても、どこか洒落っ気を忘れない雰囲気が漂っていた。

「はい、写真を撮りながら歩いてまして。ちょっと喉が渇いたので…」

そう答えると、おばあちゃんは冷蔵ケースを指差した。

「昔ながらの瓶コーラがありますよ。観光のお客さん、よく召し上がっていかれます。栓は抜いて今飲んでいく?」

瓶を取り出し、栓抜きで開けてもらうと「シュポッ」と軽い音が響き、炭酸の泡が立ち上った。ひと口含むと、冷たさが喉を駆け抜け、昼の散策で火照った体を心地よく冷ましてくれる。ガラス瓶の重みと、口に広がる甘さが妙に懐かしい。

「この街もねぇ、昔は夜になると人でいっぱいで、送り迎えの車も行列でしたのよ。今は静かになりましたけれど、その方がゆっくり歩けて、旅を楽しめるでしょう?」

おばあちゃんの声は柔らかく、服装の洒落っ気と相まって、街の変遷を見守ってきた時間そのものが語りかけているようだった。

瓶コーラを飲み干すと、胸の奥に小さな満足感が広がった。旅先で飲むその味は格別で、ただの炭酸飲料以上のものに感じられる。おばあちゃんに軽く会釈をして店を出ると、夕暮れが近づき、空が茜色に染まっていた。

川面に映る旅館の影が揺れ、旅館の窓から漏れる灯りが少しずつ増えていく。街は夜の顔へと変わり始め、薄暗い行灯に光が点り、石畳を淡く照らす。瓶コーラの余韻を胸に抱えながら、俺はカメラを構え、夜の温泉街を収めようと歩き出した。

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