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布団の君へ

久しぶりに会った友人と、中華料理屋のテーブルを囲んでいた。

皿の上には青椒肉絲が湯気を立て、唐揚げの香ばしい匂いが漂っている。蒸し鶏も並び、スープの湯気が立ち上る。

店内は仕事帰りのサラリーマンや家族連れで賑わっていて、子どもの笑い声や食器のぶつかる音、店員の「青椒肉絲お待ちどうさま!」という声が飛び交い、少し騒がしい。

そのざわめきの中で、友人がふっと笑って言った。

「お前、不思議な話好きやろ? ちょっとおもろい話してやるわ。」

「好きやけど…どんなんなん?」俺は唐揚げをひとつ頬張りながら身を乗り出す。

友人は都会に引っ越してからしばらく経っていた。敷金も礼金もいらない単身者向けのアパートに住み始めたという。

「安いし便利やし、最高やと思ったんやけどな…」と前置きして、話は続いた。

「男の一人暮らしやし、掃除機なんて持ってへん。でもコロコロはあるやろ? 毎日それ転がしてんねん。」

「ほうほう。」俺は青椒肉絲を口に運びながら相槌を打つ。

「そしたらな、毎日やで? 黒い長い髪が粘着シートに絡みつくんや。」

「え、誰の髪やねん。」

「せやろ? 俺、短髪やぞ? しかもな、布団の上には一本も落ちてへんねん。」

「……え?」俺は箸を止めた。

「朝になって布団を畳んだら、その下に髪が落ちてるんや。毎日やで。」

友人は蒸し鶏をつまみながら、まるで些細なことのように笑った。俺の背筋には冷たいものが走った。

「ある晩、部屋暗くして掛け布団ちょっと開けて言うたってん。」

「何を?」俺はスープをすすりながら聞き返す。

「『添い寝したるからこいや、幽霊の女でもええわ』ってな。彼女もおらんし、相手してくれるなら誰でもええやろ思てなぁ。」

その瞬間、俺はスープを飲んでいたせいで思わず咳き込んだ。

「ゴホッ…お前なぁ! なんでそうなるねん!」

咳き込みながらのツッコミに、友人はさらに笑い声を大きくした。

店内の騒がしさと彼の笑いが重なり、妙に場違いな明るさを感じた。

屈託なく笑う彼に、俺は少し不気味さを覚えつつ続きを急かした。


「んで、どうなったんや?」

「それから髪の毛、落ちなくなったんや。」

「え?」

「幽霊の女でも振られたらなかなか堪えるわってな。」


彼は青椒肉絲の皿を箸でつつきながら、少し寂しそうに笑った。

その笑みには、ほんのわずかな照れと孤独が混じっていた。

俺は咳の余韻を残しながら「そっち!?」と突っ込んでしまった。

唐揚げの香ばしさとスープの熱気、そして店内のざわめきに包まれながら、

笑い話のはずなのに、妙な余韻が残る夜だった。

布団の“下”に落ちていた髪は、今も彼の部屋に潜んでいるのかもしれない。

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