夏の夜景撮影での出来事 3
山の上は風が通り抜け、下界の蒸し暑さよりは幾分か涼しく感じられた。それでも、じわりと汗が額に滲み始める。喉の渇きを覚え、いったん車へ戻る。クーラーボックスを抱えて展望台へ戻り、冷えたお茶を口に含むと、ひんやりとした液体が喉を潤し、わずかな安堵をもたらした。
しかし撮影は思うようにいかない。夜景は美しいはずなのに、レンズ越しには光が滲み、構図も定まらない。暑さも重なり、苛立ちが胸の奥にじわりと広がる。だが、ここで諦めるわけにはいかない。気を取り直し、再び三脚に向き直る。
シャッターを切る。
「カッシャ」
ゆっくりと閉じる音が静寂に響く。
もう一度。
「カッシャ」
規則的に繰り返されるその音は、やがて夜の空気に溶け込んでいく。
だが、ふと。
そのシャッター音に混じって、微かに「チリン…」と鈴のような音が聞こえた気がした。風が運んできたのか、虫の声に紛れたのか、判然としない。だが確かに、耳の奥に残る。
思わず振り向く。
背後には月明かりに照らされた展望台の床と、闇に沈む木々の影。誰もいない。人影も、動物の姿も、何ひとつ見えない。
ただ、闇が濃く沈んでいる。
その中に、確かに音があったはずなのに……何もない。




