表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/136

古い手鏡11

僧侶に導かれ、俺は本堂の中へ足を踏み入れた。

外の光が遮られ、薄暗い空間に冷たい空気が漂う。

木の床は古びて軋み、香の残り香が微かに鼻をくすぐった。

朱塗りの鏡を抱えた腕が妙に重く感じられ、心臓の鼓動が耳に響く。

僧侶は静かに座を勧め、俺の正面に腰を下ろした。

しばし沈黙が流れ、やがて低く穏やかな声が響いた。


僧侶:「……誰から、ここを教えられましたか」


その問いに、俺は少し息を整えて答えた。

俺:「骨董市で、朱塗りの鏡を譲ってくださった女性です。

彼女から、この鏡は業の深い品物だと聞きました。

そして、もし迷うならこの寺を訪ねるようにと……」

僧侶は目を細め、静かに頷いた。

その仕草は、すでに事情を知っているかのようだった。

僧侶:「……あの方から、ですか。ならば、ここへ来るのも縁でしょう。

その鏡を手にした者は、いずれこうして答えを求めに来るものです」

俺は鏡を見下ろし、言葉を続けた。

俺:「この鏡を持っていると、友人たちに悪縁がついてまわるのではないかと……。

彼女が欲しがっているのですが、渡せば必ず不幸になると聞きました。

それだけはどうしても避けたい。

だから、ここを訪ねました。

この鏡を……どうすべきなのか、教えていただきたいのです」

僧侶はしばし沈黙した。

その沈黙は重く、言葉以上に圧を持っていた。

やがて、ゆっくりと口を開いた。

僧侶:「……その鏡は、人の縁を映す鏡です。

人を美しく見せ、惹きつける力を持つ。

しかし同時に、その縁を歪め、持ち主を不幸へと導く。

あなたが恐れるように、周囲の者もまた、その縁に巻き込まれるでしょう」

俺は息を呑み、鏡を抱える腕に力を込めた。

僧侶の言葉は淡々としているのに、胸の奥に重く響いた。

俺:「……では、やはり持ち続けるべきではないのですね」

僧侶は静かに俺を見つめ、言葉を選ぶように続けた。

僧侶:「処分することは容易ではありません。

ただ捨てれば、縁は断ち切れず、別の者に移るだけ。

祓いを行うことで、縁を軽くすることはできるかもしれません。

しかし……完全に断ち切れるかどうかは、あなたの覚悟次第です」

本堂の空気がさらに冷たく感じられた。

鏡の朱色が薄暗がりの中で艶めき、まるでこちらを試すように光を返していた。

車から抱えてきた時の重さが、今も腕に残っている。

その重みは、ただの物の重さではなく、縁そのものの圧のように感じられた。

俺は深く息を吸い、僧侶の言葉を胸に刻んだ。

迷いが渦を巻く中、震える声で問いを重ねた。

俺:「……こちらで、ご供養は可能でしょうか?」

僧侶は鏡へと視線を移し、長い沈黙の後に口を開いた。

僧侶:「……供養という形で縁を鎮めることは、可能です。

ただし、それは鏡の力を完全に消すものではなく、眠らせるに過ぎません。

あなたが本当にそれを望むなら、ここで行うことはできるでしょう」

その言葉に、胸の奥がさらに重く沈んだ。

供養は可能──だが、それは終わりではなく、ただ眠らせるだけ。

朱塗りの艶が、まるでその言葉に応えるように、ひそやかに光を返していた。

俺:「……俺は、この鏡を持ち続ける覚悟はありません。

友人たちに悪縁が及ぶのは、どうしても耐えられない。

彼女が欲しがっていることも……渡せば必ず不幸になると分かっている以上、できません。

だから……供養をお願いします」

その言葉を口にした瞬間、胸の奥で渦巻いていた迷いが少しだけ静まった。

僧侶は深く頷き、静かな声で応えた。

僧侶:「……分かりました。では、この本堂で供養を行いましょう。

鏡をここへ置いてください」

俺は震える手で朱塗りの鏡を前へ差し出した。

その艶は、最後の抵抗のようにひときわ強く光を返した。

まるで、眠りに落ちることを拒むかのように。

しかし、俺は目を逸らさず、僧侶の前に鏡を置いた。

供養を決断した以上、もう後戻りはできない。


……本堂の空気がさらに冷たく張り詰めていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ