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古い手鏡9

境内の奥、静かな一角に並ぶ露天の中に、見覚えのある姿があった。

朱塗りの鏡を売っていた、あの女性。

彼女は以前と同じように静かに座り、並べられた品々を見守っていた。

俺が近づくと、女性は顔を上げ、柔らかい笑みを浮かべた。


女性:「……来られると思っていましたよ」


その言葉に、背筋がわずかに震えた。

まるで俺がここへ来ることを予期していたかのような声音だった。

頭の片隅には、車の中に朱塗りの鏡を置いてきたことがよぎる。

まるで、その存在が俺をここへ導いたかのように。

俺:「……やはり、あなたに会いに来ました。

先日、朱塗りの手鏡を買いましたが……どうしても、その謂れを聞かずにはいられなくて」

女性はしばし黙り、視線を落とした。

品物を包む布の端を指先で撫でながら、言葉を探すように沈黙する。

俺:「……何か、言いにくいことなんでしょうか?」

女性:「……そうですね。あまり話したくはないのです。

品物にはそれぞれ縁がありますが、縁の裏には影もある。

それを知ってしまうと、持ち主は迷うことになるから」

俺:「ですが、知らないままではもっと迷います。

実は……友人の彼女が、あの鏡を欲しがっているんです。

だからこそ、忠告の意味を知りたい。譲るべきかどうか、判断しなければならないんです」

女性は顔を上げ、俺をじっと見つめた。

その瞳は柔らかいが、奥に重い影を宿していた。


女性:「……そうですか。女性が欲しがっているのですね。

ならば、話さざるを得ませんね」


彼女は深く息を吐き、ゆっくりと語り始めた。

女性:「その鏡は……江戸の頃、遊女が使っていたものです。

朱塗りの艶は、女を強く惹きつけ、美しく見せる力を持つとされました。

実際、その鏡を手にした遊女は、男たちを虜にし、名を馳せたといいます。

ですが……必ず、その女性は不幸になる。

美しさの代償のように、病に倒れる者もいれば、身を持ち崩す者もいた。

そして、その不幸は彼女だけに留まらず、周りにいる男たちにも及ぶのです。

鏡に映る美しさに惹かれた男は、必ず何かを失う──そう言われています」

俺は息を呑んだ。

女性の声は淡々としていたが、その言葉には重みがあった。

俺:「……だから、女性に送ることだけは行けない、と?」

女性:「はい。鏡は女性を選びます。ですが、選ばれた女性は必ず不幸を背負う。

そして、その傍にいる男もまた、不幸を呼び込む。

だからこそ、あなたに忠告したのです」


その言葉に胸が重く沈んだ。

車に置いてきた鏡の朱色が、頭の中で鮮やかに浮かび上がる。

まるで、今も俺を見ているかのように。


俺:「……そんなものを、俺は……」


声が震え、苦悩が深まる。

女性は俺の様子を静かに見つめ、やがて柔らかい笑みを浮かべながらも、少し声を落として言った。

女性:「……あなたがそこまで思い悩むなら、一つ場所を紹介しましょう。

この寺の奥に、古くから“物の縁”を祓うとされるお寺があります。

そこでは、品に宿る因縁を聞き、必要ならば祓いの儀をしてくれる方がいるのです」

俺:「……祓い……?」

女性:「ええ。すべてが解けるわけではありません。

ですが、縁の重さを軽くすることはできるかもしれない。

ただし、その鏡は強い縁を持っています。祓うことができるかどうかは、あなた次第です」

俺は息を呑んだ。

女性の声は淡々としていたが、その奥には確かな重みがあった。

女性:「この境内を抜けて、裏手の山道を少し登ったところです。

小さな祠のような門があり、そこから奥へ進むと古い本堂が見えるでしょう。

そこにいる方に、鏡のことを話してみなさい」

俺は深く頭を下げた。

車に置いてきた朱塗りの鏡が、まるで背中を押すように思えた。


俺:「……分かりました。寺へ向かいます」


決意を胸に、境内の奥へと足を向けた。

朱塗りの鏡の縁をどうするべきか…答えを求めるために。

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