古い手鏡8
一月後、俺は再び同じお寺の骨董市へ足を運んだ。
朱塗りの手鏡を買ったあの日から、店番の女性の言葉が頭から離れなかった。
「女性に送ることだけは行けないよ」
その忠告の意味を知らずにいることが、どうしても落ち着かなかった。
境内には再び人のざわめきが広がっていた。
古い時計を覗き込む人、錆びたブリキのおもちゃを手にする子ども、
「まだ動くかな」と笑う声が飛び交う。
だが、俺の目はただ一人の女性を探していた。
しかし、なかなか見つからない。
あの日の露天の並びを辿ってみても、朱塗りの鏡を売っていた女性の姿はなかった。
ふと、以前に戦時中の水筒を並べていた露天を見つけた。
錆びたアルミの水筒がいくつも並び、店主は客に「これは昭和初期の兵隊が使っていたものだよ」と説明していた。
俺はその店へ近づき、声をかけた。
俺:「すみません、少しお聞きしたいんですが……。
この隣で前に朱塗りの手鏡を売っていた女性、今日は来ていないんでしょうか?」
店主は顔を上げ、俺をじっと見てから、少し笑みを浮かべた。
店主:「ああ、あの人か。小柄で、いつも静かに座ってる人だろ?覚えてるよ。
あの人は品物を大事に扱うから、客もよく覚えてるんだ。
今日はここじゃなくて、境内の奥の方に露天を出してるはずだよ」
俺:「そうでしたか……ありがとうございます。探してみます」
店主は水筒を手に取りながら、少し声を落とした。
店主:「あの人の品はね、ただ古いだけじゃないんだ。
どこから持ってきたのか分からないものが多い。
不思議と人を惹きつけるんだよ。買った人が後からまた訪ねてくることも珍しくない。
……あんたもそうだろ?」
俺:「ええ。あの鏡を買ったんですが、どうしても気になって……」
店主:「はは、やっぱりな。なら気をつけてな。
あの人は悪い人じゃないが、品物にはそれぞれ縁がある。
縁を間違えると、持ち主を困らせることもあるんだ」
その言葉に、胸の奥がざわめいた。
俺は礼を言い、境内の奥へと足を向けた。
石畳を踏みしめながら進むと、人の流れが少し途切れ、木々の影が濃く落ちる一角に出た。
そこにはいくつかの露天が並んでいたが、雰囲気は表の賑わいとは違い、どこか静かで落ち着いていた。
そして、その中に見覚えのある姿があった。
朱塗りの鏡を売っていた、あの女性。
彼女は以前と同じように静かに座り、並べられた品々を見守っていた。
俺は足を止め、深く息を吸った。
いよいよ、手鏡の謂れを聞く時が来たのだ。




