古い手鏡5
朱塗りの手鏡を家に飾り始めてから、特に何も起こらなかった。
日々は淡々と過ぎ、鏡はただ静かにそこにあるだけだった。
そんなある日、友人たちを招いて飲み会をすることになった。
「彼女も連れて行っていい?」と友人から言われ、俺は快くOKした。
夕方、数名の友人が家に到着した。
玄関で「お邪魔しまーす」「広いなぁ」「いい雰囲気だね」と口々に声を上げ、
靴を脱ぎながら笑い合う。
リビングに案内すると、準備していた酒の肴がテーブルに並んでいた。
枝豆、焼き鳥、漬物、チーズにクラッカー。
「お、気が利いてるな」「これは飲みすぎちゃうやつだ」と歓声が上がる。
皿やグラスを出してもらいながら、ワイワイと話が弾んだ。
友人A:「いやぁ、久しぶりだな。前に会ったのいつだっけ?」
友人B:「夏のバーベキューじゃない?あの時、肉焦がしたの誰だっけ?」
俺:「おい、それ俺だよ。炭火が強すぎたんだって」
友人たち:「あははは!」
友人C:「そういえば、最近仕事どう?忙しい?」
俺:「まぁぼちぼちだな。古民家の改装の方がむしろ忙しいくらいだよ」
友人A:「あー、あの改装のやつ?SNSで見たよ。なんか石材で基礎を直してたろ」
俺:「そうそう。地元の石材店で面白い素材を見つけてね。壁の補強に試してたんだ」
友人B:「ほんと好きだなぁ。俺なんか休日は寝て終わるよ」
友人C:「いや、それも幸せだろ」
笑い声が重なり、酒が進む。氷の音がカランと響き、枝豆の殻が皿に積み上がっていく。
友人A:「そういえば旅行行ったって言ってなかった?」
友人B:「ああ、京都に行ったんだ。紅葉がすごくてね」
友人C:「いいなぁ。俺も行きたいけど休みが取れなくて」
俺:「京都か……骨董市も多いよね。掘り出し物とか見つかった?」
友人B:「いや、結局食べ歩きばっかりだったな。骨董は見なかった」
友人A:「お前ら、飲み会でも食べ物の話ばっかりだな」
再び笑い声が広がる。
友人C:「そういえば、彼女さんは初めてだよね?」
彼女:「はい、今日はよろしくお願いします」
友人A:「いやぁ、こんな変わり者の集まりに付き合ってくれるなんてありがたい」
彼女:「いえ、楽しそうですから」
その時、ふと気づいた。
彼女が壁際に飾ってある朱塗りの手鏡をじっと見ていたのだ。
他の友人たちが談笑し、皿を回し、酒を注ぎ合う中で、
彼女だけが静かに鏡へ視線を注ぎ続けていた。
友人B:「おい、次はカラオケでも行くか?」
友人C:「いや、もう酔ってるから声出ないだろ」
俺:「ここで歌ったら近所迷惑だぞ」
友人A:「じゃあ次は鍋でもやろうぜ。冬だし」
そんな掛け合いが続く中、彼女の瞳は鏡から離れなかった。
その瞳は好奇心とも、不思議さともつかない色を帯びていた。
まるで鏡の奥に何かを見ているかのように。
それ以外は、特に何も無かった。
飲み会は和やかに進み、笑い声と酒の匂いが夜を満たしていった。
だが、俺の心の片隅には、彼女の視線と朱塗りの鏡が静かに残り続けていた。




