古い手鏡4
女性の露天前に戻ると、彼女は変わらず静かに座っていた。
横に避けて置かれた朱塗りの手鏡は、まだそこにあり、艶やかな朱色を静かに放っていた。
女性:「おや、戻ってきたね。……探しものは見つかったかい?」
俺:「ええ、備前焼の茶碗を探していたんですが、今日は出ていないみたいで。
瀬戸焼や他の茶碗は見かけましたけど、どうしても備前が欲しかったんです」
女性は少し目を細めて頷いた。
女性:「そうかい。骨董市は縁だからね。欲しいものが必ず見つかるわけじゃない。
でも、見つからなかったからこそ、別のものが呼んでいることもあるのよ」
俺は自然と朱塗りの鏡へ視線を落とした。
俺:「……あの鏡、まだありますか?」
女性:「ええ、ちゃんと取っておいたよ。あなたが戻ってくる気がしたからね」
鏡を見つめながら、俺は少し笑って世間話を始めた。
俺:「境内を一時間ほど歩き回ってきました。
古いラジオを試している人がいて、電池を入れたらまだ鳴るんじゃないかって盛り上がってましたよ。
隣では蓄音機を覗き込む若者たちがいて、『音が出たら面白いな』って笑ってました。
それから、切手を並べていた店では年配の方が『懐かしいなぁ、子どもの頃集めてたよ』って話していて……
なんだか、昔の暮らしが一瞬だけ蘇ったような雰囲気でした」
女性:「ああ、そういう光景が骨董市の醍醐味なのよ。
品物はただ古いだけじゃなくて、人の記憶を呼び起こす。
だから、見ている人の顔がどこか柔らかくなるでしょう?」
俺:「確かにそうでした。古い時計を覗き込む人もいて、振り子がまだ動くかどうか真剣に見てました。
ブリキのおもちゃを手にした子どもが『まだ動くかな』って笑っていて……
見ているだけで、時代が混ざり合っているような感じがしました」
女性:「そうね。過去と今が重なり合う場所だから、不思議な気配が生まれるの。
そして、あなたはその中でこの鏡に戻ってきた。……やっぱり呼ばれているのよ」
俺は少し息を整え、鏡へ視線を戻した。
俺:「値段は……?」
女性は柔和な笑みを浮かべて声を落とした。
女性:「そうね、さっきは三千円と言ったけれど……二千円でいいわ。
それに、この鏡を置く台も一緒に持っていきなさい。鏡は台に安らぐものだから」
俺:「……ありがとうございます。そこまでしていただけるなら、ぜひ買わせてもらいます」
女性は鏡と台を丁寧に包みながら、再び穏やかに言葉を添えた。
女性:「骨董はね、品物だけじゃなく人とのやり取りも含めて持ち帰るものなの。
今日の一時間も、きっとこの鏡と一緒に思い出になるわ」
品を受け取り、礼を言って立ち去ろうとした時。
女性はふと声を低くして、意味深な一言を添えた。
女性:「……その鏡、女性に送ることだけは行けないよ」
その言葉は、雑踏のざわめきの中で妙に鮮明に響いた。
俺は思わず振り返ったが、女性はただ柔和な笑みを浮かべているだけだった。
朱塗りの鏡を抱えたまま、境内の出口へ向かう足取りは、どこか重く感じられた。




