古い手鏡 1
ある休日の午後。
ふらりと歩いていた足が自然とお寺の境内へ向かっていた。
そこではフリーマーケットが開かれていて、参道の両脇に色とりどりの品が並んでいた。
ただのフリーマーケットではない。並んでいるのは古いものばかり、まるで骨董市のようだった。
境内には人の声が絶えず響いていた。
「これ、いくらですか?」
「ちょっと高いなぁ、もう少し負けてくれません?」
「いやいや、これは戦前のものですよ。滅多に出ない品なんです」
「へぇ……でも置き場所に困るなあ」
そんなやり取りがあちこちで交わされ、笑い声やため息が混じり合っていた。
子どもが走り抜け、母親が慌てて呼び止める声も聞こえる。
「こら、触っちゃだめ!壊れたらどうするの!」
「でもこれ、刀だよ!かっこいい!」
模造刀を指差す子どもの声に、店主が苦笑しながら「本物じゃないから安心して」と答える。
隣には日本人形が静かに並んでいた。
「ちょっと怖いね……夜見たら動きそう」
「いや、こういうのは価値があるんだよ。顔立ちがいい」
そんな囁きが耳に届き、俺は思わず視線を逸らした。
古びた着物は色褪せ、布地の端はほつれている。
「この柄、昔の映画で見たことあるな」
「うちの祖母が着てたのに似てる」
書物は背表紙が擦り切れ、紙は黄ばんでいて、
「昔の教科書かな?」「いや、軍の記録じゃないか?」と客同士が推測を交わしていた。
乱雑に並べられた品々の中には、戦時中の水筒や徽章まで混じっていた。
「祖父が持っていたのと似てるな……」
「これ、本物ですか?」「ええ、当時の兵隊が使っていたものですよ」
錆びついた金属の匂いが微かに漂い、過ぎ去った時代の影がそこに凝縮されているようだった。
その一角は、まるで小さな博物館のようで、立ち止まる人々もどこか真剣な眼差しをしていた。
その横に、少し年配の女性が店番をしている出店があった。
彼女は客に声をかけるでもなく、ただ静かに品物の前に座っていた。
周囲の喧騒の中で、その落ち着いた姿は逆に目を引いた。
そして、彼女の前に置かれていたのが、朱塗りの手鏡だった。
周囲の古びた品々の中で、その鮮やかな朱色はひときわ目を引いた。
光を受けて艶やかに輝き、まるで「こちらを見てほしい」と訴えかけているようだった。
乱雑に並ぶ戦時の遺物や人形の影の中で、
その手鏡だけが異様な存在感を放っていた。
俺は思わず足を止め、その鏡に視線を奪われた。
ただの骨董品ではない。
そう直感させる何かが、その朱塗りの鏡には宿っていた。




