古いガラス食器 後日譚
翌日。
昨夜の飲み会の余韻を抱えながら、俺たちは近くの温泉へ向かった。
湯に浸かると、張り詰めていた心と体がじんわりと解けていく。
「昨日は本当に緊張したな」「でも、こうして温泉に入ると全部流れていくみたいだ」
笑い声が響き、恐怖の影は少しずつ薄れていった。
昼頃、俺の車に二人を乗せて神社へ向かうことにした。
何時に行くとは伝えていないが、宮司はきっと分かっているだろう。
そんな予感があった。
車内には少し緊張した空気が漂いつつも、昨日の飲み会の続きのような会話が始まった。
友人:「そういえば、ダーツ最近どうなんだ?」
俺:「まあまあかな。前よりは狙えるようになったけど、まだまだだな」
彼女:「撮影は?どこまで行ってるの?」
俺:「割と遠方まで行ってるよ。山の方とか、海沿いとか。季節ごとに違う景色を撮りたくてね」
友人:「いいなぁ。俺たちも今度ついて行っていい?」
俺:「もちろん。むしろ一緒に行った方が面白いと思う」
そんな会話が続き、緊張は少しずつ和らいでいった。
やがて神社に到着すると、予想通り宮司が待っていた。
昨日の厳しい顔とは打って変わって、にこやかな笑みを浮かべていた。
宮司:「よく来てくれましたね。さあ、どうぞ社務所へ」
社務所に通され、お茶をいただきながら話が始まった。
宮司:「これで一度繋がった縁は切れました。
ただし、一度不思議な縁に触れたことで、今後そういう縁に巡り会いやすくなっているでしょう。
困ったことがあれば、君経由でも構いません。必ず連絡しなさい」
俺:「……ありがとうございます。心強いです」
その後、境内を散策していた友人カップルが戻ってくると、宮司は二人を呼び止めた。
宮司:「少しお話をしましょう。……縁についてです」
二人は少し緊張した面持ちで座り直した。
宮司はにこやかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと語り始めた。
宮司:「人と人の縁は、目に見えぬ糸のようなものです。
時に強く結ばれ、時にほどけ、また別の縁へと繋がっていく。
昨日の器は、夫婦の未練を映す縁でした。
それに触れたことで、あなた方もその糸に少し絡め取られてしまったのです」
彼女は小さく息を呑み、友人は真剣な表情で耳を傾けていた。
宮司:「ですが心配はいりません。
縁は切れました。器に宿っていたものは、もうあなた方を追いません。
ただし、一度不思議な縁に触れた者は、今後もそうした縁に巡り会いやすくなる。
それは怖いことでもありますが、同時に人を助ける力にもなり得ます」
彼女:「……縁って、怖いけど、温かいものでもあるんですね」
宮司:「その通りです。縁は人を惑わせもしますが、支えもします。
だからこそ、互いに気にかけ、結び直すことが大切なのです」
友人は深く頭を下げた。
友人:「昨日は本当に危なかった。でも、こうして話を聞けてよかったです」
宮司:「君たちがここに来たこと自体が、縁の導きなのかもしれません。
今後も互いを大切にしなさい。……そして、困ったことがあれば、彼を通じて私に知らせなさい」
その言葉に、二人は安堵の笑みを浮かべた。
境内の空気は昨日とは違い、柔らかく、温かいものに包まれていた。
やがて三人で合流し、神社を後にした。
「せっかくだからご飯食べて帰ろう」
昼食の席は明るく、温泉の余韻と神社での安心感が重なり、笑い声が絶えなかった。
「次はどこに撮影行く?」「ダーツ大会でもやるか」
そんな軽い話題で盛り上がり、昨日の恐怖が嘘のように感じられた。
しかし、帰路についた時。
ふと、皿のことが頭を過ぎった。
ロウソクの灯りに照らされ、震え、泣いたように感じたあの瞬間。
もう縁は切れたはずなのに、記憶は鮮明に残っている。
笑い声の余韻の中で、胸の奥に冷たい影が静かに広がっていった。




