古いガラス食器 13
全ての祝詞が終わり、静けさが戻った頃。
ふと皿に目を向けると、先程まで胸を締め付けていた「触りたい衝動」が、すっかり消えていた。
宮司は静かに言った。
宮司:「これは封の始まりであって、終わりではありません。
器にはまだ縁が残っています。……もし時間があれば、明日ご友人二人を連れて来れるなら、もう一度神社に来るとよいでしょう」
強制ではなく「来れるなら」という言葉。
その柔らかさの奥に、しかし拒めない重みが潜んでいた。
俺は深く頭を下げて礼を伝え、本殿を後にした。
境内を歩くと、夜気が一層冷たく感じられる。
鳥居を抜け、車に戻ると時計は23時を少し過ぎていた。
「……こんな時間か」
時間の流れが妙に歪んでいたように思えた。
友人へ連絡を入れる。
「今、終わった。宮司さんから伝言がある」
電話の向こうで、友人はすぐに応えた。
「起きて待ってた。……詳しく聞かせてくれ」
せっかくだから飲み直そうということになり、俺は再び友人宅へ向かった。
玄関を開けると、二人が迎えてくれた。
彼女は少し緊張した面持ちだったが、俺の姿を見て安堵の色を浮かべた。
居間に戻り、酒を並べ直す。
俺は神社での出来事を語り始めた。
祝詞の低い響き、皿が震え、泣いたように感じたこと。
そして、宮司の言葉──「封の始まりであって終わりではない」。
友人は黙って聞いていた。
彼女は時折、唇を噛み、視線を落とした。
「……皿が泣いた、って?」
俺:「ああ。確かに、そう感じた。音がしたんだ」
説明を終え、宮司からの伝言を伝える。
「明日、もし時間があれば……二人を連れてもう一度神社に来るといい、と」
友人は深く息を吐いた。
「……来れるなら、か。強制じゃないんだな」
彼女は小さく頷いたが、その瞳にはまだ恐怖が残っていた。
三人はしばらく黙り込んだ。
行くべきか、行かざるべきか。
しかし、器の縁に関わってしまった以上、見届けるしかないという思いが次第に強くなっていった。
友人:「……行こう。俺たちも関わってしまったんだ。逃げるわけにはいかない」
彼女:「……そうですね。怖いけど、行った方がいいと思います」
俺:「三人でなら大丈夫だ。宮司さんも待っているだろう」
決意が固まった途端、場の空気が少し和らいだ。
友人が笑って肩を叩き、彼女も「今日はもう楽しく過ごしましょう」と言った。
せっかくだから飲み直そうということになり、再び盃を重ねる。
テーブルには酒と肴が並び、笑い声が戻ってきた。
「この料理、居酒屋より美味しい」「スノボの話、また聞かせてよ」
趣味や昔話に花が咲き、場は明るくなっていく。
俺は酒を少し口にし、肩の力が抜けていくのを感じた。
ロウソクの影や皿の震えはまだ心の奥に残っている。
だが今は、目の前の笑顔と温かい食卓がすべてを包み込んでくれるようだった。
夜更けの居間には、恐怖の余韻よりも、
「今は大丈夫だ」という穏やかな空気が満ちていた。
三人の笑い声が重なり、安心と温かさが広がっていく。
その夜は、不思議なほど心が落ち着く、ホッとした飲み会となった。




