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夜間撮影の残り香

これは、会社の飲み会の二次会で行ったスナックでたまたま隣になったおじさんから聞いた話だった

そのおじさんは、夜景撮影が趣味だそうだ。

ある晩、彼は山間から見える火力発電所を撮ろうと、深夜に車を走らせた。時刻は午前二時。道路は静まり返り、聞こえるのはエンジン音と遠くの波の響きだけだった。

目的地へ向かう途中には、走り屋たちに知られた海岸線がある。昼間は観光客で賑わうが、夜になると人影はなく、潮風とタイヤ痕だけが残る。彼はそのヘアピンカーブを抜けた。

その先に、女がひとり立っていた。

街灯もなく、暗闇の中でシルエットだけが浮かび上がる。髪は風に揺れているのに、体はまったく動かない。まるで時間から切り離されたように。

彼は驚いたが、車を止めることはしなかった。深夜の海岸線に人が立っていること自体が異様で、関わらない方がいいと直感した。

撮影を終え、帰りに道の駅へ立ち寄った。人気のない駐車場に車を停め、缶コーヒーを開ける。車内に広がる苦みと甘さの混じった香りが、少しだけ疲れを癒してくれる。

そのときだった。

ふと鼻をかすめるように、沈丁花の香りが漂った。春先に嗅ぐはずのあの甘く強い花の匂いが、真冬の深夜に車内へ入り込んでくる。窓は閉め切っているのに、ほのかに、しかし確かに香っていた。

視線を上げると、駐車場の端にその女がいた。

ゆっくりとこちらに歩いてくる。

周囲には他の車も停まっていたが、誰も気づいていない。まるで彼にしか見えていないかのようだった。

慌てて缶を置き、ドアを閉めてエンジンをかける。バックミラーには、女がこちらを見つめながら立ち尽くす姿が映っていた。

その瞬間、車内に残ったのは缶コーヒーの香りと、消えない沈丁花の匂いだった。

それきり女の姿は見ていないそうだ。

ただ、あの夜のことを話すとき、彼は必ずこう付け加える。

「助手席に座る影が、いつも沈丁花の香りを残しているんだ」

その話を聞いた後、店を出た時に感じた甘い沈丁花のような香りを感じた気がした。

きっと気のせいそう思い帰路に着いた

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