古いガラス食器 5
次の休み。
俺はひとりで車を走らせ、山間の温泉街へ向かった。
道中は特に問題もなく、見慣れた山道と川沿いの景色が続く。
何度も訪れたことのある街並みが近づくにつれ、胸の奥に妙なざわめきが広がっていった。
温泉街に着いても、骨董品屋に心当たりはない。
通りを歩いても、友人が言っていたような古びた店は見当たらなかった。
そこで、とりあえず観光案内所に入ることにした。
木造の建物に入ると、数名の職員が机に向かっていた。
カウンターには渋い雰囲気のおじさんが座っていて、俺に気づくと顔を上げた。
「いらっしゃい。観光ですか?」
「ええ、そうなんです。ちょっとお聞きしたいんですが……この街に骨董品屋ってありますか?」
おじさんは少し首を傾げて笑った。
「骨董品屋?うーん、この辺にそんな店あったかなぁ」
後ろの職員たちも顔を上げて、互いに視線を交わす。
「聞いたことないね」「昔は雑貨屋ならあったけど……」と軽い声が飛び交う。
俺は少し困ったように続ける。
「温泉街の通りから外れた路地にあるって聞いたんです。看板も古いらしくて……」
おじさんは腕を組み、考え込むように天井を見上げた。
その時、奥から年配の職員がゆっくり近づいてきた。
白髪の混じった髪に眼鏡をかけたその人は、穏やかな声で口を開いた。
「……骨董品屋を探す人なんて珍しいね。観光で来る人は温泉か食事ばかりだから」
「そうですよね。でも、友人がこの街で綺麗なガラス食器を買ったって聞いて……
それが気になって、場所を探してみようと思ったんです」
その瞬間、年配の職員の表情がわずかに曇った。
ほんの一瞬、眉が寄り、口元が固くなったように見えた。
だがすぐに穏やかな笑みを取り戻し、声を落ち着けて続けた。
「……そうか。ガラス食器ね。確かに、あの店にはそういう品も置いてあったはずだ。
場所はちょっと分かりづらいけどね」
おじさん:「本当にあるんですか?」
年配の職員:「あるある。ただ、あまり人が寄りつかないんだ。路地の奥で目立たないからな」
俺は思わず息を呑んだ。
何度も訪れた温泉街なのに、そんな店を見た記憶はない。
だが、年配の人は迷いなく場所を教えてくれた。
「この通りを抜けて、川沿いに少し歩いたところだよ。
古い看板が出ているはずだから、見落とさないようにね」
俺:「ありがとうございます。助かりました」
おじさんはまだ不思議そうな顔をしていたが、年配の職員は淡々と地図を指差し、
俺にその場所を示してくれた。
観光案内所を出ると、冷たい風が頬を撫でた。
心の奥に、不思議な緊張がじわりと広がっていく。
教えられた路地へと足を向ける。
川沿いの細い道を抜けると、街の喧騒が急に遠のいた。
土産物屋や飲食店の明かりが消え、古びた家並みが静かに並ぶ。
「この辺りのはずなんだが……」
案内所で聞いた通りに歩いているつもりなのに、骨董品屋らしき店は見当たらない。
路地は入り組んでいて、似たような古い家が並び、方向感覚が曖昧になっていく。
小さな祠や古い井戸がぽつんと現れ、どこか時間が止まったような空気が漂っていた。
一度通りを抜けてしまい、川沿いの広い道に戻ってしまった。
「……おかしいな」
地図を思い返しながら、再び細い路地へと足を踏み入れる。
人通りはなく、聞こえるのは自分の足音だけ。
時折、軒先の風鈴が揺れて澄んだ音を立てるが、それが余計に静けさを際立たせた。
やがて、視界の隅に古びた木の看板が見えた。
文字はかすれて読みにくいが、確かに「骨董」と書かれている。
看板は建物の影に隠れるように立っていて、通り過ぎれば気づかないほど目立たない。
店先には色褪せた暖簾が揺れ、窓の奥には影のようなものが動いた気がした。
路地の奥にひっそりと佇むその店は、まるで街の喧騒から切り離された異質な空間のようだった。
俺は立ち止まり、深く息を吸った。
「……ここか」
骨董品屋に到着した瞬間、周囲の空気がわずかに冷たく感じられた。




