深夜の工場での体験
これは、会社の同期との飲み会の時に聞いたお互いが新人の時のお話。
彼は、信じなくてもいいけど…と言いながら話してくれた。
深夜二時。
工場の広いフロアは蛍光灯の白い光に照らされ、誰もいないはずなのに機械の低い唸りだけが響いていた。
その音は規則的でありながら、まるで誰かの呼吸のように聞こえ、静寂を押し広げる。
新人の彼は、古い配管図を片手に巡回していた。図面と現場を照らし合わせ、少しずつラインの流れを覚えていく。 新人が配管や、製品の流れを覚える為に必ずやる事だ。
紙の擦れる音と靴底の響きが、機械音に混じって妙に大きく感じられた。
ふと、背後から声がした。
「このラインは、こう流れてるんだよ」
振り返ると、見慣れない制服を着た年配の作業員が立っていた。
その制服は、今の工場では使われていない古い型の制服だった。だが、工場にはまだ数人、古い制服を着続けている人がいる。だから彼は一瞬、違和感を覚えながらも納得しかけた。
おじさんは親切に配管の流れを説明してくれる。彼は図面を確認しながら「なるほど」と頷いた。
しかし、照合した配管は「有休配管」だった。
つまり、もう使われていないはずのラインだった。
機械音だけが響く中で、その説明は妙に現実味を帯びていた。
一度計器室に戻り、上司にそのことを報告すると、上司は怪訝そうに眉をひそめた。
「……その配管は俺が新人の頃に使わなくなった配管だぞ?撤去こそされていないが仕切り板がはめてあって今の若いやつは知らないはずだぞ。誰に教わったって?」
俺は答えられなかった。古い制服を着ている人は確かにいる。だが、昨夜のあの人の名前も、顔も、思い出せない。
ただ、機械音が響く中で聞いた“今は使われていない配管ライン”の説明だけが、妙に鮮明に頭に残っていた。
図面は事実を記録する。だが、事実が消えた後も、図面には痕跡が残る。
幽霊もまた、そういう痕跡に宿るのかもしれない。




