白い着物の人々
これは友人から聞いた、子供の頃の不思議な話である。
本人は「記憶も曖昧やし、文章もおかしなとこあるかもしれん」と前置きしていたが、聞いているうちに背筋が冷たくなるような感覚を覚えた。
オチもなく、ただ淡々と語られる昔話なのに、妙に心に残るのだ。
小学四年生の秋になると地元のS山にある寺へ泊まる林間学校があった。昼間は班ごとのウォークラリーや写生で賑やかに過ごし、子供たちにとっては楽しい小旅行のようなものだった。
夜になると、定番のプログラム「肝試し」が待っていた。夕食を終え、黄昏が山を覆い始めた頃。クラスごとに列を作り、肝試しのスタート地点へ向かう山道を歩いていた。
「なぁ、暗なってきたなぁ」
「ほんまや、ちょっと怖いな」
「先生、まだやろ?もう始まるん?」
子供たちは口々にしゃべりながらも、どこか落ち着かない様子だった。笑い声も次第に小さくなり、虫の声がやけに大きく聞こえてきた
その時だった。道の脇に、白い着物をまとった人影が現れた。二人、三人ずつ並び、鍬や鋤を無言で振り下ろしている。髷を結った髪型は時代劇の登場人物のようで、顔は死人のように血の気がなく、目は焦点を失っていた。彼らはただ、ひたすらに穴を掘り続けていた。
「なぁ、あれ…」
私は隣の友人に声をかけた。
「え?どしたん?」
「ほら、白い着物着た人ら…穴掘っとるやん」
「なんもおらんやん。」
友人は首をかしげ、笑いながら「お前、ビビりすぎやろ」と肩を叩いてきた。だが私にははっきり見えていた。白い着物の人々が、無言で穴を掘り続けているのが。
列の後ろから別のクラスメイトが声を上げた。
「おい、早よ行こや!先生待っとるで!」
「せやけど、あそこに人おるやん…」私は指を差した。
「どこやねん?木しか見えへんで」
「いや、ほんまにおるって!桶も置いてあるし…墓穴みたいや」
「うわぁ、こいつ墓穴とか言い出したで!めっちゃ怖がっとるやん」
「アホか、そんなもんあるわけないやろ。肝試しの演出ちゃうん?」
子供たちは笑いながらも、どこか不安げに周囲を見回した。だが、誰も私が見ているものを見てはいなかった。
私は列を離れ、目の前まで近づいてみた。だが彼らは一切反応せず、まるで私の存在など認識していないかのように、無表情のまま土を掘り続けていた。ザクッ、ザクッ、と鍬の音だけが響く。
その瞬間、息をするのも忘れるほどの緊張感に包まれた。世界が止まったような感覚に襲われ、虫の声も風の音も消えた。
慌てて列に戻った途端、風が吹き、虫の声が戻り、現実感が押し寄せてきた。まるで停まっていた時間が再び動き出したかのようだった。
「なぁ、ほんまに見えへんの?」私は必死に友人に問いかけた。
「見えへんて!お前、怖がらせようとしてるんやろ?」
「ちゃうねん!ほんまに掘っとるんやって!」
「もうええやん、肝試し始まるで。先生呼んどるし」
「……」
その時、背筋に冷たいものが走った。見えているのは私だけなのだ。あの無表情の人々は、私にだけ姿を晒している。何のために穴を掘っていたのか、誰のための墓穴だったのか。考えれば考えるほど、胸の奥が冷たく締め付けられる。
その後の肝試しや友人との会話で、私はその光景を忘れたふりをした。子供同士の笑い声に紛れて、怖さを押し込めた。
「お前、さっきのほんまに見えたん?」
「……うん。でももうええわ。忘れよ」
「やっぱりビビりやなぁ」
そうやって笑い合いながらも、心の奥底では冷たい影が残っていた。年月が経った今でも、ふとした瞬間に思い出す。あの山道、あの寺、そして白い着物の人々。記憶は曖昧になっても、穴を掘る音だけは耳に残っている。ザクッ、ザクッ、と土を削る音が、今も夜の静けさの中で蘇るのだ。
この話にはオチもない。ただの昔話だ。だが、聞いた者の心に妙な影を落とす。あの人々は何者だったのか。なぜ自分にだけ見えたのか。墓穴は誰のために掘られていたのか。答えは永遠に分からない。
ただ、時折思い出すたびに、あの山道の薄暗がりに白い着物の人影が立ち並び、無言で穴を掘り続けている光景が、今もなお目の裏に焼き付いている。




