初めての一人暮らし 7
翌朝。
冷たい廊下で目を覚ました俺は、体の強張りに呻いた。
どうしてここで寝ているのか――記憶は途切れている。
立ち上がろうとした時、指先に違和感を覚えた。
黒く長い髪が数本、絡みついていた。
俺のものではない。
ぞっとして、慌てて払い落とした。
恐怖が一気に蘇り、俺はすぐに霊感の強い友人へ連絡した。
事情を話すと、彼は短く「神社へ行こう」とだけ言った。
家から徒歩5分ほどの神社。
何度も通ったことがある道。迷うはずがない。
だが、その日は違った。
最初の角を曲がった瞬間、見慣れたはずの通りが妙に長く伸びていた。
街灯の位置も、建物の並びも、どこか違う。
「……おい、ここで合ってるよな?」
「合ってるはずだ。なのに鳥居が見えない」
二人で顔を見合わせる。
胸の奥にざわめきが広がり、足取りが重くなる。
二度目の角。
曲がった途端、知らない路地に出てしまった。
「こんな道、あったか?」
「いや……俺も知らん。五分で着くはずなのに……」
焦りが募る。呼吸が浅くなり、心臓が早鐘を打ち始める。
「なあ、これ……おかしくないか?地元だぞ?」
「おかしい。俺も何度も来てるのに、こんな道知らない」
まるで、見えない何かに進路をずらされているようだった。
三度目。
ようやく鳥居が見えたと思ったら、次の瞬間には別の方向へ誘われるように道が逸れていた。
「なあ……これ、迷ってるんじゃなくて、迷わされてるんじゃないか?」
「……試されてるってことか?」
「そうだ。神社に入る前に、何かに阻まれてる感じがする」
友人の声は低く、妙に重かった。
俺は苛立ちを隠せず声を荒げた。
「ふざけんなよ!五分で着くはずだろ!なんでこんなに歩いてんだ!」
「落ち着け。怒鳴るな。余計に引き込まれるぞ」
「引き込まれる……?」
「そうだ。焦りや恐怖に反応して、道が歪んでる気がする」
友人の言葉に、背筋が冷たくなった。
足元は確かに地元の道なのに、景色はどこか歪んでいる。
曲がるたびに、時間の感覚が曖昧になっていく。
「五分のはずが……もう三十分は歩いてる」
「普通じゃないな。もう入ろう」
ようやく鳥居の前に辿り着いた時、二人とも息が上がっていた。
鳥居をくぐると、境内は静まり返っていた。
冬の冷たい空気が張り詰め、鈴の音も聞こえない。
その奥に……宮司が立っていた。
まるで待ち構えていたかのように。
白い装束に身を包み、こちらをじっと見つめている。
「よく来れましたね」
宮司の声は低く、しかしはっきりと響いた。
その言葉に、俺と友人は思わず足を止めた。
まるで、辿り着けること自体が奇跡だったかのように。
友人が小さく呟いた。
「やっぱり……見られてたんだな」




