廃墟で4
俺は、次の言葉が出てくるまで静かに待った。
彼は視線を落とし、少し考え込むように眉を寄せたまま、ゆっくりと言葉を探すように口を開いた。
「……私が行った廃墟の中にはね、この近くにあった場所もありましてね。そこで、昼間ですが……一人で撮ってたんですよ」
言いながら、指先でカメラバッグの端を軽く撫でていた。
癖のようでもあり、思い出を手繰るときの仕草にも見えた。
「当時はフィルムの一眼レフでしたけどね。
今みたいに、すぐ確認できないのが……また良くてね」
その“良くてね”の言い方が、どこか遠くを見ているようだった。
懐かしさと、少しの寂しさが混じったような声。
俺は頷きながら言った。
「いいですね。あの……フィルムカメラならではの質感も好きなんですよ」
その言葉に、彼はふっと表情を緩めた。
ほんの少しだけ、嬉しそうに。
「……分かってくれますか。あれは、あれで良かったんですよね」
そう言って笑ったが、その笑いは短く、すぐに消えた。
「まあ、今の方が確認も現像も楽なんですけどね」
軽く肩をすくめて笑う。
けれど、その笑いの奥に、どこか“戻れないもの”を見ているような影があった。
「その日はね……夕方、少し遅くまで撮影してしまいまして」
言葉がゆっくり落ちていく。
「ちょうど夕闇が迫るくらいで……薄暗くなってましたね」
少し黙り込むと、彼はまたゆっくりと話し始めた。
「暗くなってきたし……そろそろ帰ろうかと思って、入口に向かったんですよ。その時にね、いきなり腕を掴まれるような感じで……引っ張られたんです。こう……グイッと。強く掴まれて、引き戻すように」
そう言いながら、彼は俺の腕を軽くつかみ、ほんの少しだけ引いた。
力は弱いのに、その“再現”が妙に生々しくて、皮膚がざわついた。
「それは……怖いですね」
俺がそう言うと、彼は小さく首を振った。
「怖い、というより……その時は、何が起きたのか分からなくてね。誰かいるのかと思って振り返ったんですよ。でも……誰もいない」
言葉の途中で、彼の視線が少しだけ宙を泳いだ。
まるで、その時の薄暗い廊下を今も見ているような目だった。
「風かとも思ったんですけどね……風なら、掴むようには引っ張られませんし」
そこで一度、口を閉じる。
喉の奥で言葉が引っかかっているような、そんな沈黙。
「……まあ、その時は“気のせいだ”って自分に言い聞かせて、また歩き出したんですけどね」
彼はそう言って、少しだけ苦笑した。
その苦笑いは、思い出話の軽さではなく、
“あの時は本当に分からなかった”という種類の笑いだった。




