廃墟で3
言葉を選ぶように、彼はゆっくり口を開いた。
「……私が撮影を始めた頃ってのはね。ちょうど、バブルが弾けた辺りだったんですよ」
言いながら、指先でカメラバッグの縁を、一定のリズムで軽く叩いていた。
落ち着かないというより、思い出を掘り起こすときの癖のように見えた。
「今みたいに、法律もうるさくなくてね。まあ、今なら不法侵入で捕まっちゃうけど……」
そこで一度、言葉が止まる。
視線が宙を泳ぎ、何かを確かめるように遠くを見た。
「当時は、廃墟なんかも……黙って入って、写真を撮る。そういうのが流行ったんですよ」
“流行ったんですよ”の語尾が、妙に沈んでいた。
懐かしさだけじゃない、別の感情が混じっているような響きだった。
そこまで話すと、彼はふっとこちらを伺うように目を向けた。
反応を見ているというより、どこまで話していい相手か測っているような目だった。
俺は軽く笑って返した。
「当時ならもう時効ですし、そういう時代があったのも知ってますよ。ちょっと羨ましいくらいです」
彼は小さく、喉の奥で笑った。
けれど、その笑いは一瞬だけで、すぐに表情が戻った。
「そうですね……今は所有者の許可や、場合によっては警察署に届出なんかも必要ですしね」
言いながら、視線を落とす。
その目は、今ではなく“昔のどこか”を見ていた。
「……まあ、私も例に漏れず、そんな撮影が楽しくてね。よく忍び込んでたんですよ」
“忍び込んでた”の部分だけ、声が少し低くなった。
武勇伝を語る軽さはなく、かといって後悔の色でもない。
ただ、 その言葉の奥に“触れたくない何か”が沈んでいるそんな響きだった。
彼は続けようとして、口を開きかけて……閉じた。
喉の奥で言葉が引っかかっているのが分かる。
沈黙が落ちる。
その沈黙は、さっきよりも重かった。
「……まあ、昔の話ですけどね」
そう言った声は、どこか自分に言い聞かせているようだった。




