通勤で視えたもの7
「俺が……魅入られてる?」
自分でも驚くほど、声がかすれていた。
否定したいのに、口が勝手にそう返していた。
友人は特に表情を変えず、ビールの泡をじっと見つめながら言う。
「そうやろ? だってお前……気付いたら毎日見てるんやろ、あの神社。しかも“完全に振り向いたらどうなるか興味ある”って、自分で言うてたやん」
その言葉が、胸の奥にずしりと落ちた。
たしかに、怖いはずなのに、どこかで“見たい”と思っている自分がいる。
あの女性が、完全にこちらを向いた瞬間を。
それを、さっき友人に話したばかりだった。
友人は続ける。
声のトーンは軽いのに、言葉だけが妙に重い。
「だからさ、それ……ホンマに“お前の気持ち”なんか?」
ビールのグラスを置く音が、やけに響いた。
「俺には、そうは思えへんけどな」
その瞬間、背中に冷たいものがすっと走った。
まるで、誰かに肩を掴まれたような感覚。
自分の中にあった“興味”が、自分の意思じゃないかもしれない。
そんな考えが、初めてはっきりと形を持った。
友人は俺の顔をじっと見ていた。
冗談を言うときの目じゃない。
何かを確かめるような、静かで鋭い目。
その視線に、喉がひりつくほど乾いた。
「どうしたらいいんや」
気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
自分でも驚くほど弱々しい声だった。
友人は落ち着いた口調で、まるで当たり前のことを言うように静かに答えた。
「通勤路、変えてみたらええやんか。
お前ん家、最寄りまで別のルートあるやろ。そこからバス乗れば帰れるやん」
その瞬間、胸の奥で何かが弾けたようにハッとした。
そうか。
そんな簡単なことに、どうして今まで気づかなかったんや。
まるで、あの神社の前を通ることが“決まりごと”みたいに思い込んでいた。
いや、思い込まされていた……のかもしれない。
そう思った途端、背中に薄い寒気が走った。
グラスの烏龍茶を一気に飲み干しながら、
「せやな……1回変えてみるか」
と答えると、友人はニヤッと笑った。
「お前は相変わらず、現実の女にはモテへんのに、変なもんにはモテるな」
その軽口に、思わず吹き出しそうになった。
肩の力が抜けて、胸の奥の重さが少しだけ軽くなる。
ほんまに、いい友人を持ったものだ。




