初めての一人暮らし 6
その日は繁忙期の真っ只中だった。
残業を終えて帰宅した時には、もう体が鉛のように重く、思考も霞んでいた。
玄関を開けて靴を脱ぐと、そのまま寝室へ。
「カーテン……」と頭をよぎったが、次の瞬間にはベッドに沈み込んでいた。
気づけば、泥のような眠りに落ちていた。
深夜。
なぜか目が覚めた。
喉が渇いていた。寝ぼけ眼のまま、ふらりとトイレへ向かう。
廊下を歩いたその時。
リビングのベランダ側から、強烈な視線を感じた。
背中に突き刺さるような気配。
ハッとする。
今日はカーテンを閉めていない。
足が止まった。
振り返ってはいけない
そう直感した。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
「見たら終わりだ」「絶対に見てはいけない」
理性が必死に拒否している。
だが、体はゆっくりと後ろへ向こうとしていた。
肩が勝手に引き寄せられるように、首が少しずつ回っていく。
「やめろ、やめろ、やめろ」
心の中で繰り返す。
呼吸が浅くなり、胸が苦しい。
足は震え、膝が抜けそうになる。
軽いパニックに陥っていた。
振り返りたくないのに、振り返ろうとしてしまう。
意志と体が乖離している。
「俺は振り返らない。振り返らないはずだ」
そう思うのに、視界の端にリビングが入り込んでくる。
そして、ついに振り返った。
街灯の光がカーテンの隙間から差し込み、床に影を落としていた。
その影は、人の形をしているようにも見えた。
白いものが揺れている気がした。
長い髪のような線が垂れていた気がした。
だが、顔は…どうしても見えなかった。
見えないのに、そこに「誰か」がいることだけは確かだった。
視線は確かに俺を捉えていた。
呼吸が止まり、心臓が凍りつく。
その瞬間、影がわずかに揺れた。
近づいてくるような気配が、確かにあった。
頭の奥で何かが弾けるように、意識が急速に遠のいていく。
恐怖が限界を超え、視界が暗く染まった。
俺はその場で、気を失った。




