初めての一人暮らし 4
引っ越してから数ヶ月、何も起きなかった。
あの夜の視線も、やっぱりベランダ側の大きな家の住人が偶然見ていただけだと納得した。
仕事にも慣れ、広い部屋にも慣れ、少しずつ「ここでの暮らし」が日常になっていった。
ただ、一人暮らしはやっぱり寂しい。
夜にふと静けさが広がると、人恋しさが胸に差し込んでくる。
だから、友達を呼んで飲み会をすることにした。
「広いから集まろうぜ」
そう言うと、みんな面白がって快く集まってくれた。
当時流行っていたゲームを夜通しやろうという話になり、缶ビールやお菓子を抱えて友人たちがやってきた。
リビングに笑い声が響き、俺は少し安心した。
「お前んち広いな!一人暮らしでこれは贅沢だろ」
「会社から近いし、最高じゃん」
「家具も揃ってきたし、もう完全に社会人って感じだな」
友人たちは口々に褒めてくれた。俺は照れ笑いしながら「まあ、広すぎて落ち着かないけどな」と返した。 ゲームが始まると、みんな夢中になった。
笑い声、歓声、悔しがる声――部屋は賑やかで、寂しさなんてどこかへ消えていった。
ただ、一人だけ様子が違った。
霊感が強いと噂される友人が、ずっと落ち着かない顔をしていた。
コントローラーを握りながらも、視線が部屋の隅を泳いでいる。
「……なあ、この部屋、なんか変じゃない?」
彼がぽつりと呟いた。
「は?何がだよ」
「いや……誰かに見られてる気がするんだ。ずっと、さっきから」
「おいおい、やめてくれよ。俺、ここに住んでんだぜ?」
俺は思わず声を強めた。冗談にしては重すぎる。
「悪い。でも本当に感じるんだ。視線が落ち着かない。特に……あのベランダの方」
彼はちらりと壁の向こうを見た。
他の友人たちは笑い飛ばした。
「出たよ、霊感ネタ!お前、そういうの好きだよな」
「ゲームに負けそうだから言い訳してんじゃないの?」
「いや、マジで。俺は本気で言ってる」
笑い声が一瞬止まり、空気が少しだけ重くなった。
俺はあの夜の“視線”を思い出したが、すぐに打ち消した。
「気のせいだろ。昼間も何度も来たけど何もなかったし」
「……そうかもしれないけど」
彼は納得したような、していないような曖昧な顔をした。
夜は更け、ゲームは続いた。
勝った負けたと騒ぎながら、みんなで夜通し遊んだ。
広い部屋は笑い声で満たされ、寂しさは完全に消えていた。
ただ、霊感の強い友人だけは、最後まで時折視線を泳がせていた。
まるで、誰かがそこにいるのを確かめようとしているかのように…。




