朝挨拶する人は?1
車通勤をやめたのは、体重が増えてきたのが気になったからだ。
まず家の近くのバス停からバスに乗り、駅まで向かう。
そこから電車に乗り換えて会社へ行くようにしただけで、上昇していた体重は横ばいになり、最近は少しずつ減り始めている。
朝の駅前は、車で通っていた頃とはまったく違う匂いがする。
バスを降りて改札へ向かう途中、ドーナツ屋の甘い匂いがふっと漂ってくる。
揚げたての油の温度と砂糖の香りが混ざったあの匂いが、まだ眠っている頭にゆっくり染みてくる。
電車の時間まで少し余裕がある日は、駅前をぶらぶら歩く。
同じ場所を歩いているはずなのに、
日によって見えるものが違うのが面白い。
新しくできた店に気づく日もあれば、
前からあったはずなのに今日初めて目に入る看板もある。
通勤の人たちの流れも、曜日によって微妙に違う。
急いでいる人が多い日もあれば、
なんとなく全体がゆっくりしている日もある。
電車に乗って会社の最寄り駅に着くと、
そこからは歩きだ。
車で通っていた頃はただ通り過ぎていた道なのに、
歩くと細かいものがよく見える。
朝の空気の匂い、
店の前に並んだ商品、
家の前に置かれた植木鉢の並び方、
通り過ぎる人の服装。
ただ歩いているだけなのに、
朝の時間が少しだけ濃くなった気がする。
帰り道は、また違う。
会社を出て駅まで歩くと、夕方の湿った空気の中に、近くのラーメン屋から流れてくるスープの匂いが混ざっている。
醤油と脂の匂いが、仕事終わりの身体に妙に染みる。
朝は閉まっていた店が開いていたり、
昼間は賑わっていた店が静かになっていたりする。
同じ道なのに、行きと帰りでまったく違う表情を見せる。
電車を降りて駅前に戻ると、
朝のドーナツの匂いはもう薄くなっていて、
代わりにコーヒーの匂いが強くなっている。
そしてまたバスに乗って家へ帰る。
バスの揺れは、朝よりも少しだけ重たく感じる。
そんなふうに、行きも帰りも、
歩くようになってから日常の密度が少しだけ変わった。
その日も、いつも通り駅から会社へ向かって歩いていた。




