初めての一人暮らし 2
その日の夜、久しぶりに家族揃って食卓を囲んだ。
俺は昼間に見てきた物件の話を切り出した。
「会社近くで、ちょっと広すぎるくらいの2LDKがあったんだ。新しくて綺麗なんだけど、予算オーバーでさ」
親父は箸を止めて、にやりと笑った。
「広いのはいいじゃないか。会社から近いなら通勤も楽だろ。多少高くても、快適さには代えられん」
母親は少し眉をひそめながらも、頷いた。
「まあ……新しいのはいいことよね。でも、なんでそんなに安くしてくれるのかしら。駐車場代まで込みにするなんて、ちょっと不思議じゃない?」
「不動産屋さんが、大家さんが早く入って欲しいって言ってるって。営業マンもすごく必死で……」
「必死なのは商売だからだろ」
親父は笑い飛ばした。
「そうね……でも、広すぎる部屋って落ち着かないんじゃない?」
母親はまだ少し訝しそうだった。
その夜は結論を出さず、二日ほど悩んだ。
他の物件は狭すぎたり古すぎたりする。
結局、俺はあの2LDKに決めることにした。
不動産屋に連絡すると、営業マンは声を弾ませた。
「ありがとうございます!本来なら次の月初めからなんですが……特別に鍵を早めにお渡しします。もう中旬には入れますよ!」
その必死さは、電話越しでも伝わってきた。
引越し準備に取りかかり、まずはバルサンを焚くことにした。
仕事前の朝、まだ家具もない部屋に入り、バルサンを仕掛ける。
煙がゆっくりと広がっていくのを確認してから会社へ向かった。
――その日の夜。
仕事帰りに様子を見に行くと、部屋はまだ電気が通っていなかった。
玄関を開けると、薄暗い空気が広がっていた。
窓から差し込む街灯の光だけが、ぼんやりと床を照らしている。
広すぎる部屋は、がらんどうのまま静まり返っていた。
昼間は新しくて綺麗に見えたのに、電気のない夜の部屋は妙に冷たく、不気味だった。
足を踏み入れると、壁に影が伸びて、まるで誰かが立っているように見えた。
「……広すぎるな」
思わず声に出したが、その声がやけに響いて返ってきた。
家具もない空間に、自分の声だけが反響する。
その静けさが、妙に居心地の悪さを際立たせていた。
バルサンの缶を回収し、玄関へ戻ろうとしたその時
ふいに、背中に視線を感じた。
誰もいないはずの部屋の奥から、じっと見られているような気配。
振り返っても、そこには何もない。
ただ、薄暗い空間が広がっているだけだった。
心臓が一瞬跳ね上がり、慌てて玄関を出る。
鍵を閉める手が、わずかに震えていた。




