骨董市のお茶碗7
電話の呼び出し音が、やけに長く感じた。
耳に当てたスマホが、じわりと重くなる。
切ろうか、そう思った瞬間、ようやく応答があった。
「もしもし、○○寺です」
「もしもし、以前、掛け軸などでお世話になりました△○です。お世話になっております。
実は、ご相談したいことがございまして……」
言い終える前に、ご住職の声が重なった。
「また、変わったものを持たれましたね。
……住所を教えてください。すぐ向かいましょう。
今、そちらは随分と騒がしいようですので」
息が止まった。
自分の部屋は、いま、不気味なほど静かだ。
時計の秒針の音すら聞こえない。
冷蔵庫のモーター音も止まっている。
外の車の音も、風の音もない。
なのに…
ご住職には“騒がしい”と言われた。
何が聞こえているのだ。
震える声で住所を伝えると、
「少しかかりますが、必ずおうちでお待ちください」
そう言って電話は切れた。
何が起きているのか分からない。
とりあえず気持ちを落ち着けようと、コーヒーを淹れようとお湯を沸かし始めた。
だが、今度は無性に外へ出たくなった。
理由はない。
ただ、“ここにいてはいけない”そんな衝動が、胸の奥から湧き上がる。
「いや……今からご住職が来てくれるんだ。待たないと」
自分に言い聞かせ、強い気持ちでテーブルに座った。
落ち着かない。
時間の感覚が曖昧になる。
何分経ったのか、まるで分からない。
──ピンポーン。
呼び鈴の音が、やけに近く聞こえた。
扉を開けると、袈裟をまとったご住職が静かに玄関前に立っていた。
「お邪魔します」
その声は落ち着いているのに、どこか急いでいるようにも聞こえた。
部屋に招くとご住職は何も聞かず、何も言わず、まっすぐ茶碗の前に歩いていった。
そして、淡々とお経を唱え始めた。
声は低く一定で部屋の空気が少しずつ震えていくようだった。
30分ほど経った頃、ご住職はお経を止め、こちらを振り返った。
「……こちらのお茶碗を、お預かりいたしますね」
思わず口が動いた。
「いや、それは……」
ご住職は、こちらの言葉を遮るように微笑んだ。
「いやいや。こちらは“お預かり”するだけです。
見たくなれば、いつでも当寺にお越しください」
その笑顔は柔らかいのにどこか“逆らえない”気配があった。
胸の奥で、手離したくない気持ちが暴れる。
だが、その奥で、もっと冷たい何かが囁いた。
手放した方がいい。
その声に押されるように、大人しく従うことにした。
ご住職は茶碗を丁寧に包み、静かに立ち上がった。
茶碗が部屋から運び出される瞬間、空気がひとつ、軽くなった気がした。




