初めての一人暮らし 1
社会人になりたての俺は、親元を離れ、会社近くで一人暮らしを始めるために部屋探しをしていた。
不動産屋の営業マンと一緒に、いくつかの物件を回る。
最初に案内されたのは1LDK。
「ここなら会社からも近いですし、単身者には人気ですよ」
営業マンは笑顔で言うが、部屋に入ると壁紙は黄ばんでいて、キッチンも年季が入っていた。
「うーん……ちょっと狭いですね。荷物が多いんで」
「まあ、コンパクトさが売りなんですけどね。掃除は楽ですよ?でも、正直この広さだとすぐ手狭になりますね」
営業マンは慌ててフォローを入れるが、声に力がこもっていない。
次に見たのは3LDK。
「広さなら十分ですよ。ご家族向けですけど、贅沢に使うのもアリです」
確かに広いが、築年数が古すぎて床もきしみ、窓枠も錆びていた。
「ここは……広すぎるし、古さが気になりますね」
「そうですよねえ。維持費もかかりますし。正直おすすめはしません」
営業マンはあっさり引き下がった。
そして最後に案内されたのが、そこそこ新しくて綺麗な2LDK。
外観もまだ白く、内装も清潔感がある。
ただ…一人暮らしには広すぎるくらいの間取りだった。
「ここですよ!築浅で綺麗、会社からも近い。広さも余裕ありますし、絶対に快適です」
営業マンの声は一段と熱を帯びていた。
「でも、予算オーバーなんですよ。会社の補助額から逸脱してしまうんで……」
「それなら大丈夫!値段は交渉できます。駐車場代も込みにして下げますよ。大家さんも早く入って欲しいと思ってるんです。ここなら絶対に損はしません!」
「そんなに簡単に下げられるんですか?」
「ええ、ええ!任せてください。大家さんとは話がついてますから。むしろ、あなたに入ってもらえるならこちらも助かるんです」
営業マンは身を乗り出すようにして言った。
「他の物件より新しくて綺麗なのに、どうして空いてるんです?」
「広いからですよ。若い人は狭い方が落ち着くって言うでしょ?でも、あなたなら大丈夫。荷物も置けるし、友達を呼んでも余裕です。ここに住めば生活が変わりますよ!」
営業マンはやけにこちらを見つめて、にこにこと笑う。
その笑顔は営業スマイルというより、必死に縋るようなものだった。
まるで「どうしてもここに住んで欲しい」と言わんばかりだった。
俺はその場で決めることはできず、数日間悩むことにした。
他の物件は狭すぎたり古すぎたりする。
この2LDKは広すぎるが、新しくて綺麗で、会社からも近い。
営業マンの必死な勧めが頭から離れず、結局心は少しずつこの部屋に傾いていった。




