イベントで視えたもの1
世間が長期休暇に入った頃、久しぶりに友人から連絡が来た。
「コスプレのイベント撮影に行くんだけど、来ない?」
その一文を見た瞬間、
部屋の空気が少しだけ動いた気がした。
ここ数日、外に出る理由もなく、
時間だけがゆっくり溶けていくような日が続いていた。
「行くわ」
そう返してから、しばらくソファに沈んだまま天井を見ていた。
外は曇り。
窓の向こうの空は、色を決めきれずに止まっている。
天気予報では雨と言っていた。
降るのか降らないのか分からない、
あの“雨の手前の匂い”が部屋の中まで薄く入り込んでいる。
カメラバッグを開けて、
いつものレンズをひとつずつ手に取る。
車に乗りこみ、ドアを閉めると、外の湿った空気が一気に遮断された。
車内の静けさが、さっきまで歩いていた道の気配を遠ざける。
エンジンをかけると、低い振動が足元から伝わってきた。
少しだけ気持ちが切り替わる。
「今日は、落ち着いた感じの中に少しテンション上がるやつで行くか」
スマホを繋いで、R&Bのプレイリストを流す。
ゆったりしたビートに、ほんの少しだけ高揚感が混ざっている曲。
朝の重たい空気と、車内の静けさの間にちょうどいい。
ワイパーはまだ動かさなくていい。
フロントガラスに、細かい水滴がひとつ、またひとつ落ちては消えていく。
シフトを入れて、ゆっくりと車を走らせる。
道路は驚くほど空いていた。
長期休暇の朝って、こんなに静かだったかと思うほど、街全体がゆっくりとした呼吸をしている。
信号待ちの間、
R&Bのリズムが車内にだけ流れていて、
外の世界とは別の時間が流れているように感じた。
会場までは、まだ少し距離がある。
その道のりを、ただ淡々と進んでいく。
今日は照明やスタンドは置いていく。
でも、レンズだけは持っていくことにした。
「まぁ、これくらいでええか」
独り言が、静かな部屋に小さく落ちた。
玄関を開けると、
外の空気は思っていたより重かった。
湿気が肌にまとわりついて、
歩き出す前から、体が少し沈む。
駅へ向かう道は、いつもより静かだった。
車の音も、人の声も、遠くに押しやられたみたいに小さい。
長期休暇の朝って、こんなに音が少なかっただろうか。
歩きながら、胸の奥に小さな違和感がひとつ、
ゆっくりと沈んでいくのを感じた。
その理由は、まだ分からなかった。




