視えちゃったもの5
「とりあえず、怖すぎて何も言わずに女の子の手を引っ張って、そのまま慌てて車に戻ってきたんだよ」
彼はその時の焦りを思い出したのか、手をぎゅっと握りしめた。
「でな、駐車場戻ったらよ……俺ら以外、誰もいなくなってたんだよ。
さっきまで何台か車あったのに、全部なくなっててさ」
「え、全部?」と俺が返すと、
「そう、全部やねん」と彼は即答した。
「焦りながらエンジンかけようとしたんだけどよ、
はじめ、全然かからなくて……キー回しても、キュルッて言うだけでさ」
彼は手元でエンジンキーを回す仕草をしてみせる。
「で、ふと前見たらよ……」
そこで一度、言葉が止まった。
「白い“何か”が、こっちに歩いてくるみたいな速度で、ゆっくり近付いて来てたんだよ……」
「歩いてくる“みたいな”って?」と俺が聞くと、
「いや、歩いてる感じじゃないんだよな。
でも、確実に距離が縮まってきててよ……」
彼はその時の光景を思い返すように、視線をテーブルの一点に落としたまま固まっていた。
俺はコーヒーを一口飲み、
「なるほどな……で、その後どうしたん?」
と、自然な調子で続きを促した。
「なんとかエンジンはかかってよ。もう勢いでUターンして帰ったんだけどな」
彼は手を震わせながら、当時の状況を思い返している。
「その間、女の子はずっと不思議そうに俺のこと見てんだよ。“何をそんなに焦ってんの?”みたいな顔でさ」
「見えてなかったんか」と俺が言うと、
「そうなんだよ。えっ?って思ってな。
山降りて、近くの遅くまで空いてるファミレス寄って聞いたんだよ」
彼は苦笑いを浮かべた。
「そしたらよ、“何も見えてないし、急に走り出したから、そっちの方が怖かったんだけど?”って言われてさ……」
「なるほどな」と俺は返す。
「……あれは、なんだったんだろうな……」
彼はカップを見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「俺は、わからんなぁ」と俺は正直に言う。
「白い何か……神社って言われたら丑の刻参りとか思いつくけど、女の子が見えてないなら、なんとも言えんよな」
「せやねん……」と彼は小さくうなずいた。
しばらく沈黙が落ちたあと、彼は静かに言った。
「……当分、夜景はやめとくわ」
そう言って、残っていたコーヒーを飲み干した。
「大丈夫か?」と俺が声をかけると、
彼は少しだけ悩むような表情を見せたが、
「……聞いてくれてありがとう。
なんか話したらスッキリしたわ」
と、ようやくいつもの調子に戻っていった。
その顔を見て、俺も少しだけ安心した。




