魅入られた子7
○○ちゃんが店を出ていったあと、店内には妙な静けさが残った。
夕方の光はもう弱く、ガラス越しの街並みが少しずつ夜に沈んでいく。
女友達は、しばらく扉の方を見つめたまま動かなかった。
「……晩飯、食って帰らんか」
俺がそう言うと、女友達はゆっくりこちらを向いた。
驚いたような、迷っているような、複雑な顔だった。
「……食べれる気せんけど……行く」
その声が、思ったより弱かった。
店を出て、近くの定食屋に入る。
夕方の喧騒が落ち着き始めた時間帯で、店内は静かだった。
席に着いても、女友達は箸を持ったまま動かない。
湯気の立つ味噌汁を見つめているだけだった。
「……あの子、大丈夫なんかな」
ぽつりと落とした声は、震えていた。
俺は少し考えてから言った。
「大丈夫かどうかは……正直わからん。
でも、あの宮司さんが“来い”って言ったんや。
行く価値はあるってことやろ」
女友達は、ゆっくりと頷いた。
けれど、その目はまだ不安を抱えたままだ。
「……あんた、怖くないん?」
その問いは、責めるでもなく、ただ素直な疑問だった。
「怖いよ。めちゃくちゃ。
でも……俺がどうこうできる段階はもう過ぎてる。
だから、任せるしかないんや」
そう言うと、女友達は少しだけ息を吐いた。
肩の力が、ほんの少しだけ抜けたように見えた。
「……あの子、ひとりで行かせてよかったんかな」
「宮司さんがそう言ったんや。理由はあるんやろ。
俺らがついて行ったら、逆に邪魔になることもある」
女友達は、ようやく味噌汁を一口だけ飲んだ。
その動きが、少しだけ日常に戻ったように見えた。
「……ありがと。なんか、ちょっと落ち着いた」
「そりゃよかった。飯は食っとけ。
こういう時こそ、食わんとあかん」
女友達は小さく笑った。
弱い笑みだったが、それでも確かに笑っていた。
食べ終わって外に出ると、夜の空気が冷たかった。
街灯の下を歩きながら、女友達がぽつりと言った。
「……あの子、戻ってくるよな」
俺は答えられなかった。
けれど、歩く速度を少しだけ合わせた。
その時、ポケットの中でスマホが震えた。
画面には宮司さんの名前。
胸の奥がざわつく。
通話ボタンを押すと、落ち着いた声が耳に届いた。
「……無事に、たどり着けはしましたよ」
それだけだった。
安堵というより、胸の奥に重い石を置かれたような感覚が残った。
「それだけ?」と聞き返す前に、宮司さんは続けた。
「詳しいことは……また、落ち着いてから話しましょう」
短くそう言って、電話は切れた。
夜風が妙に冷たく感じた。
女友達が不安そうにこちらを見る。
「……なんて?」
「無事に着いた、って」
そう答えると、女友達は少しだけ息を吐いた。
けれど、その表情はまだ晴れていなかった。
夜の街を歩きながら、俺の胸にも同じざわつきが残っていた。




