魅入られた子5
○○ちゃんは、話しにくそうに、それでいて不安そうに、
こちらをチラチラと見ながら言った。
「……山間部の、ちょっと遠いキャンプ場に行ってからなんです……」
声が細くて、途中で途切れそうだった。
「それから……どこに行っても、視線を感じるようになって……」
山の怪異にしては、妙に“ついてくる”感じが強い。
普通なら、山を下りれば終わるはずだ。
「あと……泥の足跡が……家の前に……」
その言葉だけで、背中に冷たいものが走った。
この辺りでは聞かない怪異だ。
山のものとも違う。
家にまでついてくるのは、もっと質が悪い。
(……これは、俺の手に負える話じゃない)
どうしたものかと考えていると、
女友達が、静かに、でも真剣な目でこちらを見ていた。
助けを求めているというより、
“頼るしかない”と覚悟しているような目だった。
そして何より気になったのは
○○ちゃんが、
まるで最初から期待していなかったみたいに、
こちらを“諦めた顔”で見ていたことだ。
その表情が、妙に胸に残った。
そんな中、女友達がじっとこちらを見ていた。
夕方の薄い光が店内に差し込んでいて、
その光の中で、彼女の目だけが妙に暗く見えた。
責めるでもなく、頼るでもなく、
ただ“どうするの”と静かに問いかけてくるような目だった。
胸の奥がざわつく。
ふぅ、と息を吐き、少し席を外すとだけ伝える。
立ち上がった瞬間、夕方特有の冷えた空気が
ガラス越しに肌を刺すように感じた。
これは……俺には手に負えない。
いや、手に負えないどころか、
踏み込んではいけない領域に足を入れかけている。
そんな感覚が、喉の奥に張りついて離れない。
でも…
○○ちゃんの震える肩と、
女友達の押し殺した表情が頭から離れない。
逃げたい。
でも、見捨てたくない。
関われば巻き込まれる。
でも、今ここで背を向けたら、
あの子は本当に“ひとり”になる。
夕方の光が、店内の影を長く伸ばしている。
その影の中に、俺の迷いも沈んでいくようだった。
自分の直感を信じるべきか。
それとも、人として手を伸ばすべきか。
答えは出ないまま、店の外に出た。
外はすでに薄暗く、夕方の冷たい風が頬を撫でた。
昼と夜の境目のような空気が、妙に心をざわつかせる。
前にお世話になった神社の宮司さん
あの人からは何度も言われている。
「手に負えない話は、早めに連絡しなさい」
スマホを取り出す手が汗ばんでいる。
正直、もう踏み込みすぎている気がする。
でも、まだ間に合う気もする。
いや、間に合わせなきゃいけない気がする。
逃げるためじゃない。
助けるためでもない。
ただ、これ以上“何か”に触れないために。
震える指で電話をかける。
夕方の空気の中で、スマホの呼び出し音が妙に響いた。
ツーコールで、宮司さんが電話に出てくれた。




