年末のビジネスホテルにて4
「ホテルはそこの角のビジネスホテルですよ。
珍しく安い部屋が空いてたので」
そう言うと、おじさんは箸を止めて、
ほんの一瞬だけ間を置いた。
「……兄ちゃん、それはラッキーだったな」
言葉は明るいのに、顔だけが浮かない。
さっきまでの陽気さとは違う、妙な沈み方だった。
(おや、なんかあんのかな?)
そう思ったけど、おじさんはもう酒を手酌でついで、
ぐいっと飲んでしまった。
聞くタイミングを完全に逃した。
そのあとはまた他愛ない話に戻った。
「兄ちゃん、写真撮るって言ってたよな。
何撮るんだ?風景か?」
「まぁ、風景とか街とか、気になったものを適当に」
「へぇ、いいじゃん。俺も昔は撮ってたんだよ。
フィルムの時代な。今みたいに撮り放題じゃねぇから、一枚一枚が勝負でよ」
おじさんは懐かしそうに笑った。
「失敗したら金が飛ぶからな。
でもその緊張感が良かったんだよ。
兄ちゃんも、たまにはフィルム使ってみろよ。
あれは“撮るぞ”って気持ちになるからよ」
「確かに、フィルムは興味ありますね」
「だろ?若いうちにやっとけよ。
年取ると、重いカメラ持つのもしんどくなるからな」
そう言って、またこちらの皿を覗き込む。
「それ、美味いだろ?ここは何食っても外れねぇんだよ」
「確かに美味しいですね」
「だろ?俺、ここ二十年通ってんだ。
女将さんも俺の顔見たら“あぁ今日も来たか”って思ってるよ」
「兄ちゃん、旅はいいぞ。俺も若い頃はよく行った。
北海道で吹雪に巻き込まれたり、
九州で財布落として帰れなくなったりよ」
「それは大変ですね」
「大変だったけど、今思えば全部楽しかったな。
若い時の苦労は、あとで酒の肴になるんだよ」
おじさんはそう言って、また笑った。
その笑い方が妙に優しくて、どこか寂しさも混じっていた。
気づけば時間があっという間に過ぎていた。
時計を見ると、もう二時間を超えていた。
腹も膨れたし、そろそろ頃合いだ。
「じゃあ、俺はこれで」
そう伝えて席を立つと、
女将さんがカウンター越しに小声で聞いてきた。
「すみませんね、うちの常連が。
大丈夫でしたか?」
「いえ、楽しい時間でしたよ。
ご飯も美味しかったです」
そう笑って答えると、女将さんはほっとしたように微笑んだ。
「寒いので、お気をつけて」
店を出ると、外の空気は一段と冷えていた。
吐く息が白く伸びる。
ポケットに手を突っ込みながら、
教えてもらった角のビジネスホテルへと戻っていった。




