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冬のソロキャン9

「その、俺あんまそんなこと信じてないんだけどよ……

 思わず聞いちまったんだよ。“なんか見えんの?”って」

友人はジョッキを指でなぞりながら続けた。

「そしたら女の子がよ……

 “……見えてる、とかじゃないんです。ただ……ずっと感じるんです”って言ったんだよ」

俺は思わず息を止めた。

「感じる?」

「そう。“そこにいる”って分かるみたいに、

 ずっと同じ方向から視線が刺さってくるってよ」

友人は少しだけ肩をすくめた。

「で、とりあえず“ご飯まだ食べれるか?”って聞いたらよ。

 女の子、小さく“……はい”ってだけ言ってさ」

「まぁ、食ってる間は気が紛れるしな」

「そうそう。だから他愛ない話したんだよ。

 お互い怖さを紛らわせるためにな。

 天気の話とか、キャンプ道具の話とか……

 ほんと、どうでもいい話ばっかよ」

友人は少し笑ったが、その笑いはどこか乾いていた。

「で、余ってた材料で天丼作ってやったんだよ。

 あの子、最初は遠慮してたけど……結局“いただきます”って食ってくれてさ」

「優しいなぁ、お前」

「いや、あの状況で放っとけねぇだろ」

友人は続けた。

「でもな……食べてもらってる間も、ずっとカーテン側見てんだよ。 箸止めたまま、じーっと」

俺の背中に、ひやっとしたものが走った。

「で、前お前から言われたこと思い出してよ。

 “そっちは見ずに、こっちで話しよう”って言ったんだよ。

 視線向けると余計に引っ張られるって、お前言ってたろ?」

「ああ……言ったな」

「そしたら、女の子も“……はい”って言って、

 やっと俺の方見てくれたんだよ」

そこまでは、まだ“怖いけど何とかなる”空気だった。

だが、友人の声がそこで一段低くなった。

「でな、ここからなんよ……マジでおかしいのが」

友人は息を吸い、ゆっくり吐いた。

「めっちゃ家の周りで音がすんだよ。

 足音みたいなのが、ずっと……

 まるで入れるところないか探し回るみてぇに、

 コテージの外をぐるぐる歩き回ってんだよ」

俺の指先が、無意識にテーブルを掴んでいた。

「……それ、動物とかじゃなく?」

「いや、違う。

 “歩き方”が人なんだよ。

 しかも……ゆっくりなんだよ。

 探すみたいに、壁沿いをずっとな」

友人は肩をすくめた。

「あまりに怖くてよ、俺もその子も……

 部屋の真ん中で震えたわ。

 声出したら入ってくる気がしてな」

「……で、どうしたんだよ」

「とりあえずコットと寝袋セットして……

 翌朝まで寝たんだよ。

 いや、“寝た”って言っても……ほぼ気絶みたいなもんだったけどな」

友人の言葉が終わった瞬間、

空気がひとつ、深く沈んだ。

友人の語りが終わった瞬間、

胸の奥で、何かがひとつ「落ちた」ような感覚がした。「とりあえず朝まで何事も無かったんだけどよ……」

友人は深く息を吐き、続けた。

「翌朝、7時半くらいかな。その辺で起きて、朝飯作って一緒に食ったんだよ。

 で、外に出て……焦ったんだよ」

俺は無意識に姿勢を正した。

「玄関の扉の外側に、泥で子供みたいな手形がびっしりついててよ。

 まるで“開けろ”って叩いてるみたいになってたんだよ」

その言葉に、背中がじわっと冷えた。

「……子供、みたいな?」

「そう。大人の手じゃねぇ。

 でも、あんな山奥に子供なんているわけねぇだろ」

友人は苦笑いしながらも、目は笑っていなかった。

「まぁ、その子とチェックアウトだけして帰ってきたんだけどよ。

 お前なら……なんとなく答え持ってんじゃねぇかなって思ったんだよ」

友人は俺の目をまっすぐ見た。

「どうだ?」

俺はしばらく黙っていた。

軽口で流すには、あまりにも“形”がありすぎる。

でも、あえて明るく言った。

「……お前さ、俺をなんだと思ってんだよ。

 便利な怪異相談所じゃねぇぞ」

友人は少しだけ笑った。

その笑いが、逆に痛々しい。

俺は烏龍茶を一口飲み、

言葉を選びながら続けた。

「ただな……

 “子供の手形がびっしり”ってのは、よくあるパターンじゃねぇ」

「パターン?」

「ああ。

 山の向こうから視線感じるって言ってたろ?

 あれ、多分“そこにいたやつ”は……

 お前らがコテージに入った時点で、もう入口まで来てたんだよ」

友人の喉が、ごくりと鳴った。

「で、入れなかった。

 だから、夜の間ずっと……

 “開けろ”って叩いてたんだろうな」

俺は続けた。

「子供の手形ってのも、別に“子供”とは限らねぇ。

 “形が小さい”ってだけで、意味は色々ある」

友人は息を呑んだ。

「……じゃあ、あれはなんなんだよ」

俺は肩をすくめた。

「分かんねぇよ。 でもな…」

少しだけ声を落とした。

「“あの子が感じてた視線”と、

 “お前が感じた視線”と、

 “手形の主”が同じとは限らねぇ」

友人は目を見開いた。

「……どういうことだよ」

「お前ら、二人とも“見られてた”んだろ?

 でも、あの子は“山向こう”を見てた。

 お前は“背中のど真ん中”に感じた。

 手形は“玄関”にあった」

俺は静かに言った。

「方向が全部違うんだよ」

友人の顔から血の気が引いていく。

「つまり……」

「……お前ら、三つに囲まれてた可能性がある」

コップを置く音が、やけに大きく響いた。

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