冬のソロキャン8
「そしたらな、女の子が、おずおずと言い始めんだよ」
友人はジョッキを少し持ち上げ、
そのまま置くようにして言葉を続けた。
「“ここのキャンプ場へ来る途中から、ずっと誰かに見られてる気がするんです…”ってよ」
俺は思わず眉を寄せた。
「見られてる?」
「そう。“でも他に人なんていないし、初めは貴方がこちらをじっと見てんのかな?と思ったんですけど違うみたいですし…”ってな。
なんか落ち着かなくて……って、俯いちまったんだよ」
友人の声が少しだけ低くなる。
「“日が落ちてから、山向こうからの視線が強くなってきて……変ですよね…”ってよ」
その言葉を聞いた瞬間、
俺の胸の奥で、さっきから続いていたざわつきがひとつ跳ねた。
「……そんなの聞いたら、ほっとけねぇだろ?」
友人は苦笑いしながらも、どこか真剣な目をしていた。
「まだ受付が閉まってない時間だったからよ。
追加料金払ってコテージ借りに行ったんだよ」
「まじかよ。かなり掛かっただろう?」
「それはな……正直安くはねぇし、痛い出費だったけどよ。そんな状況でほっとけねぇしな。
それに、建物の中なら多少は落ち着くだろ?」
友人は指先でテーブルを軽く叩きながら続けた。
「女の子も最初はかなり悩んでたけど……怖かったんだろうな。
一緒に泊まることにしたんだよ」
俺は思わず笑ってしまった。
「お前、それ……なかなか漫画みたいな状況になってんな」
軽口のつもりで言ったが、
友人は笑わず、ただ少しだけ目を細めた。
その反応に、俺はすぐに悟った。
話自体は軽くない。
だからこそ、俺は努めて明るく振る舞うことにした。
「まぁ……続き聞かせてくれよ。
そこからが本番なんだろ?」
友人はゆっくりと頷いた。
「……ああ。
ここからなんよ。
“おかしい”って思ったのは」
そこで友人は一息ついてから、
「設営してた道具、全部まとめてよ。
すぐ二人で移動したんだよ。お互い、なんか微妙な距離感でさ」
友人はその時の空気を思い出すように、少し肩をすくめた。
「コテージに着いて、扉の鍵かけて、全部締め切って……カーテンも全部閉めたんだよ。
外の光が一切入らんくらい、しっかりとな」
そこまで話すと、友人は一度息を吸い、
声のトーンを落として続けた。
「でもな」
ジョッキに触れたまま、視線を落とす。
「その時になって、俺にも感じるようになったんだよ。
“その視線”ってやつをよ」
俺は自然と背筋が強張った。
「……視線?」
「そう。コテージの中に入って、鍵閉めて、カーテン閉めて…… 外の気配なんて遮断されてるはずなのによ」
友人は腕をさすりながら続けた。
「背中のど真ん中に、
“そこに誰か立ってる”みたいな……
そんな感じの視線が、ずっと刺さってくるんだよ」
そこで、友人はふっと息を吐いた。
「でな……女の子の方見たらよ」
俺は無意識に身を乗り出していた。
「……震えてんだよ。
肩が小刻みに揺れててさ。
顔は俯いてんだけど……目だけ、カーテンの方に向いてんだよ」
「カーテンの……外?」
「そう。まるで“そこに誰かいる”って確信してるみたいに、じっと一点を見てんだよ」
友人は指先を軽く握りしめた。
「俺が“どうした?”って聞いたらよ……
女の子、声震えててさ」
その時の声を思い出すように、友人は低く言った。
「“……まだ、います”って」
二人の間に、静かな重さだけが落ちた。




