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子供の失敗12

宮司さんがリビングに入った瞬間、

息子くんはまるで反射的に後ずさった。

理由なんて説明できない。

ただ、“本能で避けている”ような動きだった。

俺は事前に言われていた通り、

逃げようとした息子くんを後ろから抱きとめた。

その瞬間


「……どけぇ……ッ」


息子くんの口から出た声は、

子供のものではなかった。

しゃがれた、

老人のような、

喉の奥で擦れた声。

そして、

口汚い罵りが次々と飛び出した。

友人夫婦は青ざめ、

奥さんは思わず息子くんに手を伸ばしかけたが、

宮司さんが静かに手を上げて制した。

「触れないでください。

大丈夫です。落ち着いて」

宮司さんは斎服の袖を整え、

祝詞を読み始めた。

声は驚くほど落ち着いていて、

息子くんの荒れた声とは対照的だった。

祝詞が進むにつれ、

息子くんの罵声は徐々に弱まり、

やがて声にならない呻きに変わり、

最後にはぐったりと力が抜けた。

それでも宮司さんは祝詞を止めない。

淡々と、

一定のリズムで、

まるで時間そのものを均していくように読み続けた。

時計の針が何度も進み、

気づけば2時間を超えていた。

ようやく祝詞が途切れ、

宮司さんは深く息を吐いた。

「……終わりました」

友人夫婦は同時に崩れ落ちるように座り込んだ。

宮司さんは息子くんの額に軽く手を当て、

状態を確かめてから言った。

「とりあえず、今日は1日様子を見てください。

明日の朝、何事もなければ大丈夫です」

そして俺の方を向き、

静かに続けた。


「もし何かあれば、

彼を通じて連絡してください」


それだけ言うと、

宮司さんは荷物をまとめ、

深々と頭を下げて帰っていった。

玄関の扉が閉まると、

家の中は急に静かになった。

その静けさが、

さっきまでの異様さを逆に際立たせていた。

友人夫婦は息子くんを抱きしめたまま離れようとせず、俺もそのままリビングのソファに腰を下ろした。

「……今日は帰らんでええ。泊まっていけ」

友人がそう言ったので、

俺は頷いて毛布を借りた。

息子くんは疲れ果てて眠り、

友人夫婦も交互に息子くんのそばで座り込んだまま、

夜がゆっくりと過ぎていった。

朝。

カーテン越しに差し込む光で目が覚めた。

ソファの上で軽く体を伸ばしていると、

廊下の向こうから軽い足音が聞こえた。


「おはよー!」


息子くんが、

まるで昨夜の出来事など一切なかったかのように、

ケロッとした顔でリビングに飛び込んできた。

寝癖で髪が跳ねていて、

目はぱっちり開いている。

奥さんが慌てて駆け寄る。


「だ、大丈夫? 気分悪くない?」

「え? なんで?

お腹すいたー!」


友人はその場にへたり込み、

奥さんは涙をこぼしながら笑った。

俺は息子くんの顔を見て、

胸の奥の緊張がふっとほどけるのを感じた。

ほんまに、ケロッとしてる。

息子くんは俺の方を見て、

いつもの無邪気な笑顔を向けてきた。

「おっちゃん、泊まっとったん?

なんか変な感じやな!」

「まあな。様子見や」

「ふーん!

じゃあ朝ごはん一緒に食べよ!」

昨日のあの声も、

あの怯えも、

あの異様な空気も、

全部嘘みたいに消えていた。

友人夫婦は何度も息子くんの頭を撫で、

俺は静かに息を吐いた。

宮司さんの言う通り、

“何事もない朝”がちゃんと来た。

その事実だけで、

家の空気は昨日とはまるで別物になっていた。

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