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お茶の香りと謎のお客さん4
気づくと、お互いの湯のみが空になっていた。
「お代わり、頼もか」
「うん、次は交換して飲んでみよ」
店主さんに声をかけ、ほうじ茶と煎茶を入れ替えるように注文した。
縁側に差し込む光が少し傾き、庭の影が長く伸びている。
ふと視線を端に向けると、さっきの老紳士の姿がなかった。
「あれ……?」
湯呑みと小皿だけが、ぽつんと置かれている。
伝票もない。席を立つ気配も、歩く音も聞こえなかった。
「いつの間に帰ったんやろな」
「ほんまやな。気づかんかっただけかな」
そう言いながらも、胸の奥に小さな違和感が残る。
あれほど静かに座っていた人が、音もなくいなくなるだろうか。
そこへ、店主さんがお代わりのお茶を運んできた。
「失礼しますね」
そう言って、縁側の端に置かれた湯呑みと皿を手際よく片付けていく。
「いつの間にか居なくなってるね」と友人が言うと、
店主さんはふっと笑った。
「気に入られたんですね、お二人」
「え?」
「うちの守り神様ですよ。
あの席、よく座っておられるんです」
さらりと言われたその言葉が、
縁側の静けさの中で、妙に重く響いた。




