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正月休みの終わりに10

家を出る時、

手に持った財布が、ほんのわずかに震えた気がした。

風でもない。

俺の手の震えでもない。

まるで、

家から出たくないと抵抗しているように。

そんな錯覚が、背中をひやりと撫でた。

だが、立ち止まるわけにはいかない。

俺は財布をしっかり握り直し、玄関を出た。

友人が申し訳なさそうに見送りに来る。

「……ほんま、すまん……」

「ええって。

 それより彼女についててやれ。

 終わったら連絡するから」

友人は深く頷き、

そのままドアを閉めた。

外の空気は冷たいのに、

手に持つ財布だけが、妙に“生温い”。

俺は歩きながらイヤホンマイクを繋ぎ、

とある“呪物蒐集趣味”の友人へ電話をかけた。

コール音が数回鳴り、

気怠そうな声が出た。

「……はいはい……誰や……」

「あけおめ。

 んで早速で悪いんやが、呪物見てくれん?」

少し間があって、

呆れたような声が返ってきた。

「……あけおめ。

 で、ふざけてる?」

その声色は、

“冗談ならやめろ”という本気のトーンだった。

俺は歩みを止めず、静かに言葉を返す。

「ふざけてへん。

 今、手ぇに持ってる。

 ……たぶん、ガチのやつや」

イヤホン越しに、友人の息がひとつ止まる気配がした。

「……どんな状態?」

「血文字の札が封じられてた。

 土と血と……脂みたいなんが付いとる。

 新品の財布の中にな」

電話の向こうで、

椅子が軋む音がした。

「……場所、いつものとこでええか?」

「頼む」

「……了解。

 気ぃつけて来いよ。

 “それ”、まだ動いてるやろ」

俺は無言で頷いた。

手の中の財布が、

まるで呼吸しているように重く感じた。


車を飛ばして待ち合わせ場所へ着くと、

彼はすでに来ていた。

街灯の下、ポケットに手を突っ込んだまま立っている。

眠たげな半目なのに、

その奥にギラリと光る鋭い目力が潜んでいた。

ただの“呪物蒐集趣味”ではない。

“本物”を扱ってきた人間の目だ。

俺が近づくと、

彼は顎を少しだけ上げて言った。

「……で、それか?」

挨拶もなし。

いつも通りだ。

俺は無言で頷き、

手に持った財布を見せた。

彼の眠たげな目が、

その瞬間だけわずかに細くなる。

「……触る前から分かるわ。

 これ、ヤバいやつやな」

彼はポケットから黒い手袋を取り出し、

ゆっくりと手にはめた。

「中、見たんやろ?」

「ああ。札が入っとった。血文字のやつや」

「……はぁ……また面倒なもん拾ってきたな、お前」

そう言いながらも、

声の奥に“興味”が混じっている。

彼は財布を受け取る前に、

俺の目をじっと見た。

「で、これ……どこから出た?」

「友人の彼女の財布や。

 新品のはずが、札入れが一つ封じられとった」

「封じ……ねぇ……」

彼は鼻で笑い、

財布をひょいと持ち上げた。

その瞬間、

財布が、かすかに震えた。

まるで、

“この男に触られたくない”

そう拒絶しているように。

彼は眉ひとつ動かさず、

淡々と呟いた。

「……ああ、まだ生きとるな。

 こいつ、持ち主から離れたくないんや」

俺は息を飲んだ。

「処理、頼めるか?」

彼は眠たげな目のまま、

ゆっくりと頷いた。

「任せとけ。

 こういうのは、俺の仕事や」

その声は静かで、

しかし確かな自信があった。

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