正月休みの終わりに4
友人が、紅茶のカップの縁を指でゆっくりとなぞりながら口を開いた。
「……年末休み前にな。
彼女が会社のお局様から、財布もろたらしいねん」
カップの表面をなぞる指先が、妙に落ち着きなく見えた。
「財布?」
俺が聞き返すと、友人はうなずいた。
「そう。
そのお局様、海外旅行行っててな。
“お土産やから使い”って、新品の財布をくれたらしい。
タグもついたままの、ほんまに新品や」
彼女さんはうつむいたまま、手を膝の上で固く握っている。
友人は続けた。
「最初は普通に喜んでたんや。
新品やし、綺麗やし……
でも、そっからや。
おかしなことが起こり始めたんは」
「おかしなことって……そんなにか?」
俺がそう言うと、友人は一度だけ息を飲んだ。
「……毎晩、出るんや」
「出る?」
友人は、彼女さんの方をちらりと見てから言った。
「髪の長い女がな。
部屋の中を、ずっと歩き回るんや」
その瞬間、彼女さんの肩がびくりと震えた。
「歩き回るだけやないんです……」
彼女さんが、震える声で続ける。
「……何か……言ってるんです。
ずっと……ずっと……
でも、日本語じゃ……ないんです」
俺は思わず身を乗り出した。
「……なんて言うてるんや?」
彼女さんは、耳元を押さえるようにして答えた。
「……“フル……シェラ……ン……
ルゥ……シェ……ラ……ン……”
そんな……濁った声で……
耳の横で……ずっと……」
意味は分からない。
けれど、その音の並びは、
まるで呪いの言葉のように重く響いた。
友人が、低い声で付け加える。
「しかもな……
そのブツブツ言いながら、
彼女の首に手ぇ伸ばしてくるらしい」
彼女さんは喉元を押さえ、震えながら言った。
「……寝てるとき……
上に乗ってきて……
息が……できなくて……
その声だけが……耳の横で……
ずっと……ずっと……」
部屋の空気が、さらに冷たく沈んだ。
背後の和室から漂う違和感が、
まるで“その女の残り香”みたいに濃くなっていく。
友人は深く息を吐き、俺を見た。
「こんな話、誰に言うても信じてもらえへん。
でも……お前なら……
何か分かるんちゃうかと思って」
二人の視線が、まっすぐ俺に向けられていた。




