蔵に眠るひと 13
玄関先に出ると、ご住職は冬の冷たい空気の中でも、まるでそこだけ温度が違うような穏やかさで立っていた。
「以前はお世話になりました。 今回も、何卒よろしくお願いいたします」
そう頭を下げると、ご住職は柔らかく笑って、
「大丈夫ですよ。 お困りのときは、いつでも呼んでください」
と、変わらぬ落ち着いた声で返してくれた。
親父さんも深く頭を下げる。
「今回は……うちの問題に、わざわざ御足労いただきまして。 お手数をおかけいたします」
「いえ、これが私の仕事ですから」
ご住職はそう言って、本当に“気にしなくていい”というようにやんわりと微笑んだ。
その穏やかな空気に包まれているのに、俺の胸のざわめきだけは、どうしても治まらなかった。
あの掛け軸の目が、まだ頭のどこかに残っている。
親父さんが案内しようとしたとき、ご住職がふと視線を向けた。
「蔵は……あちらの方ですね。 ご案内いただけますか?」
全員が一瞬、驚いて固まった。
蔵は母屋の裏手で、ここからは見えないはずだ。
それなのに、ご住職は迷いなく“方向”を指した。
親父さんも友人も、言葉を失ったように目を見合わせる。
ご住職はその反応を気にする様子もなく、いつもの穏やかな笑みを浮かべたまま歩き出した。
「では、参りましょう」
その背中に、俺たちは自然とついていくしかなかった。
蔵の前に着くと、ご住職は扉に手を触れることなく、静かに目を閉じた。
「まずは……読経を」
その声は、さっきまでより少しだけ低く、どこか厳かな響きを帯びていた。
親父さんが鍵を開けると、ご住職は蔵の前に立ち、ゆっくりと読経を始めた。
冬の空気が震えるような、深く響く声。
その声が蔵の古い木壁に吸い込まれていくたび、俺の胸のざわめきは逆に強くなっていった。
まるで、蔵の奥で、誰かが息を潜めて聞いているような気配がした。




