蔵に眠るひと 9
親父さんは、
掛け軸の話を聞いたあと、
どこか悲しそうな顔をした。
「……合ってしもうたか」
その言い方は、
“残念や”というより、
“避けられへんかったか”
そんな諦めに近い響きだった。
「ええ……目が合った気がします」
そう答えると、
親父さんはゆっくり頷いた。
「あの絵の女と目ぇ合うと……夢に出るんや」
声が低く、重い。
「それ以降な、無性にあの掛け軸が欲しゅうなる。
部屋に飾りたくてしゃあなくなるんや。
……盗んででも、や」
友人が横で息を呑んだ。
「だから、今までは誰も入らんようにしてたんや。
うちのバカ息子が……ほんま、申し訳ない」
親父さんは深く頭を下げた。
「とりあえずな……
部屋に飾ると、その部屋を……
着物の女が徘徊するようになるんや」
その言葉を聞いた瞬間、
俺は親父さんが“本当に言いたいこと”を
なんとなく理解した。
夢に出る。
欲しくなる。
飾りたくなる。
そして、徘徊する。
これは、
“ただの怪異”ではなく、
“引き寄せる類のもの”や。
胸の奥がざわつく。
「……少し、席を外してもええですか」
そう言うと、
親父さんはすぐに頷いた。
「ええよ。
蔵の扉は閉めとく。鍵もかけるわ」
「お願いします」
蔵の方へ視線を向けると、
扉はすでに閉じられ、
親父さんが鍵を回す音が静かに響いた。
俺は車へ向かいながら、
胸のざわつきが徐々に形を持ち始めるのを感じていた。
これは、素人が触ったらあかんやつや。
車に乗り込み、
深呼吸をひとつ。
そして、
スマホを取り出して、
以前“手鏡の件”で世話になった寺の住職の番号を押した。
コール音が鳴る間、
さっきの掛け軸の女の目が、
頭の中にじっと浮かんで離れなかった。




