蔵に眠るひと 5
蔵の中へ足を踏み入れた瞬間、
ひんやりとした空気が肌にまとわりついた。
冬の冷たさとは少し違う。
湿気を含んだ、古い木と紙の匂いが混ざったような、
どこか“閉じ込められた時間”の冷たさ。
そして…
入ってすぐに、背中のあたりがざわっとした。
誰かに見られているような、
視線だけが空気の中に浮いているような感覚。
気分の良いものではない。
けれど、ここまで来た以上、引き返すわけにもいかない。
「……奥、見せてもらうで」
懐中電灯のスイッチを入れると、
細い光の筋が埃を照らしながら伸びていく。
電気は通っていないらしく、
蔵の中は光源がこの一本だけだった。
奥へ進むと、
古びた葛篭や木箱がいくつも積まれている。
どれも年季が入っていて、
木の表面は乾いてひび割れ、
金具は黒ずんでいた。
その奥の間
壁際に、一枚の掛け軸が掛けられていた。
懐中電灯を向ける前から、
そこだけ妙に明るいように見えた。
蔵の小さな窓から差し込む陽の光が、
まるでスポットライトみたいに
掛け軸の中央を照らしている。
描かれているのは、
着物姿の女性。
掛け軸の女は、淡い着物をまとって静かに立っていた。
ただ、その目だけが妙に生々しく、
墨で描かれたはずなのに、光の角度で濡れたように見える。
正面を向いているはずなのに、
少し位置を変えると、
視線がゆっくりついてくるように感じる。
表情は微笑んでいるようで、
どこか怒っているようにも見える曖昧さがあり、
その曖昧さだけが、胸の奥にずっと残った。
けれど、光の当たり方のせいか、
その目だけがこちらを追ってくるような気がした。
不思議なのは、
その掛け軸に、日焼けの跡がまったくないこと。
長年ここに掛けられていたなら、
光の当たる部分と当たらない部分で
色の差が出るはずなのに、
全体が均一なまま、
まるで昨日掛けたばかりのように綺麗だった。
「……これは、おかしいな」
思わず声に出た。
懐中電灯を持つ手を少し強く握り直し、
掛け軸に近づいていく。
光の中で、
女性の目がわずかに揺れたように見えた。
気のせいかもしれない。
でも、胸の奥のざわつきは、
さっきよりも強くなっていた。




