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温泉街からの同行者7

左肩に落ちた“重み”は、

気のせいでは済まされないほど、はっきり“そこにあった”。

暖房は入れている。

温度設定も高めにしている。

なのに…

車内の空気が、 じわじわと冷え込んでいく。

「……なんでや……暖房入れてんのに……」

『おい、どうした。声震えてるぞ』

「車ん中……急に寒なってきた……

 なんか……空気が冷たい……」

友人が息を呑む音が聞こえた。

『……最悪やな。

 たぶん、近づいてきてる』

「近づいてきてるって……何がやねん……」

『さっきな……

 “この人は連れてく”って聞こえたんや』

「……は?」

『女の声で。

 はっきりや。

 お前のすぐ横で言ってた』

心臓が跳ねる。

呼吸が浅くなる。

「……やめろ……

 ほんまにやめてくれ……」

『ええから逃げろ!

 高速そのまま走れ!

 止まるな!』

アクセルを踏み込む。

車は一気に加速した。

街灯が流れ、

ガードレールが白い線のように横を走る。

左肩の重みは、

消えない。

むしろ、じわじわと強くなっていく。

県境の標識がライトに浮かび上がる。

その瞬間、空気が少しだけ緩んだ気がした。

だが、

『……まだ聞こえてる……』

「まだ……?」

『うん……

 “連れてく……連れてく……”

 ずっと言ってる……

 さっきよりハッキリや』

「……頼む……やめてくれ……」

『おい……

 今な……

 笑い始めた……』

「……は?」

『女の声や……

 “ひそ……ひそ……”って囁いてたのが……

 今……

 “ふふ……ふふふ……”って……

 笑ってる……』

「……っ……!」

背筋が凍る。

暖房の風が当たっているはずなのに、

身体の芯が冷えていく。

『あかん……

 笑い声、でかくなってる……

 お前のすぐ横で……

 笑ってるみたいや……』

「……やめろ……

 ほんまに……やめてくれ……」

『“ふふふ……ふふふふふ……”

 ずっと笑ってる……

 止まらん……』

車は高速を走り続ける。

県境を越えても、

声は止まらない。

笑い声はどんどん大きくなっていく。

『おい……

 今……

 “あはははははははっ”って……

 完全に笑ってる……

 めっちゃ近い……

 耳元や……』

「……っ……!」

左肩の重みが、

まるで“掴まれている”みたいに強くなる。

「……なんでや……

 なんで俺なんや……」

『知らん!

 でもな……

 笑い声が……

 お前の声に重なって聞こえる……

 もう距離ゼロや……』

高速の標識が流れ、県境から10km、12km、14kmと進む。

笑い声は止まらない。

むしろ、狂ったように響き続ける。

『あかん…… まだ笑ってる…… “あはははははははっ”って…… ずっと……ずっとや……』

「……頼む…… もう……やめてくれ……」

そして、県境から15キロほど走ったところで、

あれほど狂ったように響いていた笑い声が、

ぷつん、と切れた。

左肩の重みも、

車内の冷気も、

すべてが一瞬で消えた。

暖房の風が、

ようやく“暖かい”と感じられる。

「……あれ……?

 なんか……急に……」

友人が、息を荒げながら言った。

『……今……全部消えた……

 笑い声も……囁きも……

 何も聞こえへん……』

「ほんまに……?」

『あぁ……

 さっきまでのが嘘みたいや……

 急に静かになった』

車内の空気が、

さっきまでの地獄が嘘みたいに落ち着いていく。

「……はぁ……

 なんやったんや……ほんまに……」

友人も、少しずつ呼吸を整えながら言った。

『お前……大丈夫か?

 声、めっちゃ震えてたで』

「そら震えるわ……

 肩に手置かれたみたいな重みあったし……

 笑い声とか……聞こえへんのに……

 お前の反応だけで怖すぎるわ」

『いや、俺も怖かったって……

 あんなハッキリ聞こえるとは思わんかったし……

 でも……今はもう何も聞こえへん』

「……そうか……

 ほんまに消えたんやな……」

『うん。

 今は普通や。

 お前の声しか聞こえへん』

車は高速を降り、

街の灯りが近づいてくる。

さっきまでの緊張が、

少しずつ溶けていく。

「……なんか……

 急に眠気戻ってきたわ」

『そらそうやろ。

 あんだけ怖い思いしたら、

 気ぃ張ってた分、どっと来るわ』

「……家着いたらすぐ寝るわ……」

『うん。

 今日はもうゆっくり休め。

 なんかあったらまた電話してこいよ』

「ありがとうな。

 ほんま……助かったわ」

『かまへんって。

 無事でよかったわ』

家の前に車を停め、

エンジンを切る。

車内は暖かく、

さっきまでの異様な気配はどこにもない。

「……なんやったんや……ほんまに……」

小さく呟きながら、

いつもより鍵をしっかり閉めて家に入った。

その夜は、

久しぶりに“普通の夜”が戻ってきた気がした。

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