温泉街からの同行者4
『いや、マジで言ってるって。
お前の声のあとにな……なんか小さく囁くみたいな声、聞こえてんねん』
「囁く?……いや、ちょっと待てよ。
車ん中、俺しかおらんし。
ラジオも音楽も切ってるで?」
『分かってるって。
でもな、ほんまに“ひそっ……”て感じの、
誰かが近くで息混じりに喋ってるみたいな……そんな音が入ってんねん』
「まじかよ……
いや、ほんまに怖いこと言うなって。
眠気飛ぶわ」
車はゆっくりと山道を登り、
カーブをいくつも越えていく。
街灯はほとんどなく、
ヘッドライトだけが路面を切り取るように照らしていた。
やがて、山の頂に近い場所に差し掛かる。
視界が少し開け、
遠くの町の灯りがぽつぽつと見え始めた。
「……もうすぐ山抜けるわ。
ここ越えたら街まで一直線や」
『あー、あの長い道な。
でも気ぃつけて走れよ』
「分かってるって」
そんなやり取りをしながらも、
友人の言葉が頭の隅に残っていた。
『でな、さっきの話やけど』
「まだ続くんかい」
『いや、ほんまに気のせいちゃうねん。
お前が喋るたびに、その後ろで“何か”言ってる感じがするんよ』
「……何言うてるか分かる?」
『それがなぁ……分からんねん。
言葉って感じでもないし、
でも“声”っていうか……
なんか、口元だけ動かしてるみたいな……そんな音』
「いやいや、そんなはっきり聞こえるん?」
『はっきりじゃない。
ほんまに小さい。
でも、確かに“誰かの声”やと思う』
山道を抜け、
視界が一気に開けた。
遠くの街の灯りが線のように伸び、
道路は緩やかな下りに変わる。
「……ほんまに一人やで。
後ろも誰もおらんし」
『分かってるって。
でもな……なんか、
“お前のすぐ横”って感じなんよ』
「やめろって……
そういう言い方が一番怖いねん」
『いや、俺も怖いわ。
なんか知らんけど、
お前の声のすぐ後ろで、
誰かが“何か言おうとしてる”みたいな……そんな感じ』
「……はぁ……
ほんまに何言うてるか分からんの?」
『うん。
でもな……
“女の声”っぽい気もするし、
“息だけの音”にも聞こえるし……
なんか、はっきりせぇへんねん』
車は山を下り始め、
街の灯りが少しずつ近づいてくる。
けれど、
友人の言葉だけは、
距離が縮まるどころか、
逆にじわじわと近づいてくるように感じた。




