カーナビとの深夜のランデブー3
「でな、空き地からなんとか戻ってきてん。
夜景撮った駐車場まで」
俺がそう言うと、
女友達は眉をひそめて、カップを両手で包んだ。
「戻れただけでもええが……
その時ナビはどうしとったん?」
「ずっと黙ったままや。
画面は動いてんのに、音声だけ死んでんねん。
“案内中です”の表示だけ残って、声は一切出ぇへん」
「……ほんま嫌なやつじゃ」
「せやろ。
で、車止めて深呼吸してたら、ふと思い出してん」
「なんを?」
「このナビ、スマホとBluetooth繋がるやん?
それ思い出してな」
女友達が少し身を乗り出す。
「……あんた、まさか」
「そう。
“これ、スマホから音流したらどうなんねやろ”って思ってん」
「ほうほう」
「で、動画サイト開いて、般若心経流したった」
女友達が吹き出す。
「なんでそこで般若心経なんよ!」
「いや、なんか“効きそう”って思ってん。
で、現代語訳とかラップバージョンとか、
とりあえず片っ端から流しまくったんよ」
「ラップて……あんた、ほんまアホじゃなぁ」
「いやでもな 、流した瞬間、
ナビの挙動がスッ……て落ち着くねん」
女友達の笑いが止まる。
「……え、それ、ほんまに効いとるやつじゃ」
「せやねん。
さっきまでUターン連呼してたのに、
急に静かになってん。
画面の動きもスムーズになって、
“あ、これ戻ってきたわ”って感じ」
「うわ……逆に怖いわ」
「で、ちょっと様子見てたらな、
ナビの音声も“ポン”って小さく鳴って、
復活したんよ」
「……お経で?」
「そう。
お経流してる間だけ、ナビが“正常”になるねん」
女友達は腕を組んで、
「ほんまに嫌なやつじゃ」と小さくつぶやいた。
「で、なんかおもろなってきてさ」
「おもろなるなや」
「いや、怖いけど……
“ほな賛美歌も効くんちゃう?”って思って、
ついでに流してみてん」
「ほうほう」
「……なお、お経以外は無理やったわ」
女友達は目を細めて、
ゆっくり首を横に振る。
「……“拒否”しとるんじゃな、それ」
「そう。
賛美歌流した瞬間、 ナビの画面がチカッて光って、
またUターン案内に戻んねん」
「お経だけ落ち着くって……
ほんまに“おる”やつじゃが」
「せやねん。
で、試しにお経止めたら、
またナビが黙るねん」
「……止めるなや」
「いや、どこまで反応するんか気になってん」
「好奇心で死ぬタイプじゃな、あんた」
「で、また般若心経流したら、
ナビが“ルートを再検索します”って言い出して、
今度は普通の道案内に戻ったんよ」
女友達は深く息を吐いて、
ぽつりとつぶやく。
「……あんた、ほんまに連れていかれんで良かったわ」
「いやマジでな。
あの空き地も、あの草ぼうぼうの道も、
なんか……
“戻って来られへん”感じしてん」
「お経で落ち着くって……
ほんまに“そこ”におったんじゃろうな」
「せやな。
帰り道ずっと般若心経エンドレスや。
スマホのバッテリー気にしながら帰ったわ」
「……あんた、次から夜景撮り行く時、
誰か連れて行きんさいよ」
「いや、もうあの道は行かんわ」
「道の問題じゃない気もするけどな……」
女友達はそう言って、
カップを口元に運びながら、
じっと俺の顔を見た。
「……ほんま、生きとって良かったわ」




