後輩の物件探し13
喫茶店「○△□」を出た瞬間、
冷たい風が頬を刺した。
けれど、その冷たさよりも、
胸の奥に沈んだ重さのほうがずっと強かった。
「……どうすりゃいいんだよ」
思わず独り言が漏れる。
後輩にどう伝えるか。
“配管の音だよ”なんて軽く言って済ませるべきか。
それとも、
あの店で聞いたことをそのまま伝えるべきか。
どちらを選んでも、
後輩の生活は大きく揺らぐ。
引っ越したばかりで金もかかってる。
仕事も忙しい。
ようやく落ち着いたと思った矢先に、
こんな話を聞かされて、
どう思うだろう。
俺は歩きながら、
何度も何度も頭の中で言葉を組み立てては壊した。
「……でも、黙ってるほうが……危ねぇよな」
あの年配の男性の表情。
マスターの静かな声。
“壁程度では無理でしょうね”
“早めに引っ越しな”
あれは、ただの噂話の空気じゃなかった。
“本当に何かあった”人間の顔だった。
俺は自分の部屋に戻り、
コートを脱いだままソファに沈み込んだ。
時計を見る。
針はゆっくりと進んでいる。
夜になれば、後輩が仕事終わりに寄る予定だ。
「……どう伝える……?」
頭の中で何度もシミュレーションする。
軽く言うか。
真剣に言うか。
冗談めかすか。
それとも、
“本気で危ない”と伝えるか。
どれも正解じゃない気がした。
けれど、ひとつだけ確かなことがあった。
黙っているのは、もっと悪い。
あの壁の音。
あの時間。
あの部屋の歴史。
後輩が一人であそこにいるのを想像すると、
胸の奥がざわついた。
「……言うしかねぇよな」
そう呟いた時、インターホンが鳴った。
後輩だ。
俺は深呼吸をして玄関へ向かった。
扉を開けると、後輩はいつものように笑っていたが、
その笑顔の奥に、昨夜の不安がまだ残っているのが分かった。
「先輩、昨日はありがとうございました。
あれから……ちょっと怖くて……」
「……入れよ。話がある」
後輩は一瞬だけ表情を固くしたが、
黙って靴を脱いで上がった。
俺はテーブルに座り、真正面から後輩を見た。
「お前の部屋のことなんだけど……
今日、色々調べてきた」
後輩は息を呑む。
俺は、
喫茶店で聞いたことを、
できるだけ丁寧に、
できるだけ誇張せず、
しかし隠さずに伝えた。
慰霊碑のこと。
事故のこと。
11時のノック音。
壁が増えた理由。
そして、
“早めに引っ越したほうがいい”という忠告。
後輩は途中から、手をぎゅっと握りしめていた。
話し終えると、しばらく沈黙が落ちた。
やがて後輩は、小さく、しかしはっきりと頷いた。
「……先輩。
引っ越したばかりですけど……
引っ越し、考えます」
その声は震えていたが、決意があった。
俺は深く息を吐き、その肩を軽く叩いた。
「それがいい。 俺も手伝うから」
後輩は小さく笑った。
その笑顔は、
ほんの少しだけ救われたように見えた。




