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後輩の物件探し12

「……あんた、本当に聞きたいのか?」


年配の男性がそう呟いた瞬間、

カウンターの奥で新聞を読んでいたマスターが、

静かに紙面を畳んだ。

パサリ、と乾いた音が店内に響く。

「よかったら……お席、そちらに移しましょうか」

その声は低く落ち着いていたが、

“話すなら、ここでいい”

というより

“ここで話すべきだ”

とでも言いたげな響きがあった。

三人の年配客は一瞬、顔を見合わせた。

「……まあ、いいか」

「マスターが言うならな」

「変な話じゃねぇけどよ……」

マスターは俺のほうを向き、

丁寧に頭を下げた。

「相席、よろしいですか?」

「はい。お願いします」

俺が答えると、

マスターは軽く微笑み、

そのまま年配グループのテーブルへ歩いていった。

「では……私もこちらに失礼しますね」

そう言って、

マスター自身も空いている椅子を引き、

俺たちの輪に加わった。

年配の三人は、

“マスターが来たなら仕方ない”

というように肩の力を抜いた。

俺は深く息を吸い、静かに口を開いた。

「実は……後輩が最近、この近くに越してきまして」

三人は黙って聞いている。

マスターも腕を組み、

視線だけこちらに向けていた。

「その後輩が……夜中に壁を叩く音がすると言って、

 かなり怯えてしまってるんです」

年配の一人が眉をひそめた。

「……やっぱり聞こえるんだな」

隣の男が肘でつつく。

「おい、まだ早ぇよ」

俺は続けた。

「昨日、その部屋に泊まったんですが……

 確かに、11時を少し過ぎた頃に“コツコツ”と音がしました」

三人の表情が固まる。

「それで、不動産屋にも行ったんですが……

 はぐらかされて、まともに教えてくれなくて」

俺はテーブルの上で手を組み、

真剣に頭を下げた。

「後輩は本当に怯えてます。

 俺としては、安心させてやりたいんです。

 だから……もし何か知っていることがあれば、

 教えていただけませんか?」

店内の空気が、

一瞬だけ重く沈んだ。

三人は互いの顔を見合わせ、

誰が口を開くかを押し付け合うように視線を動かした。

その時、マスターが静かに口を開いた。

「……ここまで話したなら、

 もう隠しても仕方ないでしょう」

三人の視線が、

ゆっくりと俺に向けられる。

「……あの音には、理由があるんだよ」

年配の男性は、カップを指でなぞりながら、

ゆっくりと俺のほうへ顔を向けた。

「兄ちゃんの後輩が住んでんのは……

 あのアパートの“1階の角部屋”だろ?」

俺は小さく頷いた。

男性はため息をひとつ吐き、声を落として続けた。

「……あそこな。

 アパート建つ前に“交通事故の慰霊碑”が立ってたんだよ」

隣の二人が慌てて止める。

「おい、やめとけって」

「言うなって言ってんだろ」

だが男性は手を振って制した。

「いいだろ。ここまで来たら隠してもしょうがねぇ」

そして、俺の目をまっすぐ見た。

「子供がな……

 トラックに撥ねられて死んじまったんだよ。

 まだ小学生にもなってねぇような子でな」

店内の空気が、

その一言で一段階重く沈んだ。

「お祓いみたいなのやって、慰霊碑立てたらしいんだが……

 あそこに引っ越してきた人たち、長く住まねぇんだよ」

「……長く?」

俺が聞き返すと、男性は頷いた。

「皆、同じこと言うんだよ。

 “夜の11時に、2回ノックする音が必ず聞こえる”ってな」

隣の二人がまた肘でつつく。

「おい、ほんとにやめとけって」

「兄ちゃん、気にすんなよ。噂話だ噂話」

だが男性は続けた。

「初めの一人か二人はよ……

 “子供の幽霊が見える”って言い出したんだよ」

俺は息を呑んだ。

「それで、あそこの不動産屋が慌てて“壁”付けたんだよ。

 見えねぇように、聞こえねぇようにってな」

「……壁を?」

「そうだ。

 でもよ、意味なかったみてぇだ」

男性はカップを置き、

指でテーブルを“コツ、コツ”と軽く叩いた。

「事故が起きたのが、夜の11時ちょっと前だったらしい。

 それから必ず……

 その時間に2回ノックするみてぇなんだよ」

俺の背中に、冷たいものが走った。

「お祓い頼んだやつもいたけどよ……

 ダメだったみたいでな」

その時、

黙って聞いていたマスターが、

ぽつりと呟いた。

「……壁程度では無理でしょうね」

その一言は、静かで、重くて、妙に現実味があった。

年配の男性は、

申し訳なさそうに俺を見た。

「兄ちゃん……

 後輩さんには悪りぃが……

 早めに引っ越しなって伝えてやりな」

三人の表情は、

脅すつもりではなく、

“本気の忠告”をしている顔だった。

俺はしばらく黙っていたが、

やがて深く頭を下げた。

「……ありがとうございます。

 本当に、助かりました」

三人は気まずそうに、しかし優しく頷いた。

「いや、兄ちゃんが悪いわけじゃねぇ」

「後輩さん、気の毒だな……」

「早めに動いたほうがいいぞ」

マスターも軽く会釈した。

「気をつけてお帰りください。

 ……あの部屋には、あまり長く関わらないほうがいい」

その言葉は、

静かだが確かな重みを持っていた。

俺はもう一度深く頭を下げ、

席を立った。

扉を開けると、

カラン、と鈴が鳴る。

外の空気は冷たかったが、

胸の奥には別の冷たさが残っていた。


「……後輩に、どう伝えるか……」


呟きながら、

俺は喫茶店「○△□」を後にした。

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